【連載小説】月の都(53)下田ひとみ

 

年が明け、1月、2月、3月と月日は足早に過ぎていき、桜の季節を迎えた。

陶子の命日が近づいていた。

ある日の夕刻、ふみが郵便受けを開くと、1枚のハガキが届いていた。

陶子の1周忌を記念した、浅香台キリスト教会からの「偲ぶ会」の知らせであった。

ふみは志信に相談した。

「出席しようかどうか迷っているんです。知り合いもいないし。教会って何だか敷居が高くて……」

「せっかくのお誘いだから。陶子さんもきっと喜ばれるよ」

志信に勧められて、ふみは出席を決めた。

 

偲ぶ会の当日──。

空は雲ひとつなく晴れていた。

中庭の桜が満開だった。

ふみは箪笥(たんす)を開けると、着物を取り出した。それは陶子の舞台を初めて観た時に着ていた大島紬(つむぎ)であった。

 

教会には40人ほどの人が集まっていた。

長テーブルが向かい合わせに4列並べられ、部屋の一角にサンドイッチやお菓子や飲み物が用意されている。各々のテーブルには、淡いピンクのカーネーションが飾られていた。

ふみが教会に入っていくと、受付にいた女性が笑顔で立ち上がった。

「本田です。覚えていらっしゃいますか」

「本田さん?」

「春日ノ森の家庭集会でお会いした」

ようやくふみは思い出した。陶子に憧れ、会いたい一心で出かけていった雨の日が甦(よみがえ)ってきた。

「あの時の……」

「雨の中を遠くからご出席いただいて、その節はありがとうございました」

本田はそう挨拶(あいさつ)して頭を下げると、若い婦人たちに声をかけた。

「桐原さんが来てくださいましたよ」

すると、「まあ、ようこそ」「お久しぶりです」と、口々に声をかけられた。皆、あの時の集会で出会った人たちであった。

本田に案内されてテーブルに着くと、隣の席の婦人から「今日は良いお天気ですね」と話しかけられた。

「本当に良いお天気ですね」

しばらく話をしていると、向かいの席の婦人からも、「ピンクのカーネーション、綺麗ですね」と声をかけられた。

「本当に」

応じているうちに、ふみは自然に周囲と打ち解けていった。

 

やがて会が始まり、名倉牧師が挨拶した。

「皆さん、本日は藤崎陶子先生を偲ぶ会にご出席いただいて、ありがとうございます。当教会の伝道師をされていた藤崎先生が天に召されて1年が経ちました。先生にとってこの教会は、伝道師となって初めて遣わされた教会です。先生はこの教会を愛し、私たちを愛し、本当によく仕えてくださいました。

先生とともに過ごしたのは、わずか半年でしたが、ここに集っておられる方はどなたも、先生との思い出を持っておられると思います。そして同時に、先生のおられない寂しさを味わっておられる方々だと思います。

この会は、先生の思い出などを語り合いながら、しばしの間、先生のおられない寂しさを共有する者同士で先生を偲びたいと、そういう趣旨で開かれました。形式ばったものではありませんので、どうぞ皆さま、ご自由にお過ごしください」(つづく)

月の都(54)

下田 ひとみ

下田 ひとみ

1955年、鳥取県生まれ。75年、京都池ノ坊短期大学国文科卒。単立・逗子キリスト教会会員。著書に『うりずんの風』(第4回小島信夫文学賞候補)『翼を持つ者』『トロアスの港』(作品社)、『落葉シティ』『キャロリングの夜のことなど』(由木菖名義、文芸社)など。

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