【哲学名言】断片から見た世界 セネカの言葉

哲学史上、最も裕福な哲学者?  :セネカの生きざまを探る

哲学の営みはすべからく「清貧」という古きよき美徳を追い求めるものなので、豪華できらびやかな世界を彼らに求めるのは基本的には、無理というものでしょう……が、中には例外もあります。哲学者が富を手に入れるという場合には、その額は一体、どこまで跳ね上がってゆくものなのでしょうか?

「金持ちゆえに大勢の者に詰めかけられる人々を見るがよい。この人々は自分の財産で首を閉められているのだ。多くの人々にとって富はいかに重荷であろうか。」

『人生の短さについて』のうちに収められているこの文章を読むと、これを書いたセネカという人は、さぞかし慎ましい生き方をしていたのであろうなあ……とうっかり思い込まされてしまいかねませんが、人生の絶頂期にあった時の彼が実際に生きていたのは、およそ人間には、これ以上にゴージャスな生活は送れまいというくらいのセレブライフ(!)に他なりませんでした。今回は、このストア派の哲学者の「華麗なる生活」の様子を見てみることにしましょう。

「どれだけ手に入れたんですか? How much money you got?」「たくさんさ A lot」  :ストア派哲学者セネカの、華麗なる生活 

今を遡ること二千年前、帝政期ローマの混迷する政争に巻き込まれてしまったセネカの40代は、無実の罪によってコルシカ島への島流しにあい、そこでひたすらしくしくと泣きながら過ごすという、非常にどんよりとしたものでした。しかし、40代の終わり頃に起こった運命の大転換によって、彼の人生はまさしく「どん底から頂上へ」とも言うべき移り変わりを遂げることになります。

まず、帝都ローマの中心部に再び呼び戻された彼は当時のローマ皇帝の教育係になると共に、国の政治を動かす二台巨頭の一人になります。このことにより、天文学的なスケールの財産が彼のふところに転がり込むことになり、彼は別荘や大豪邸、ヒマラヤ杉の食卓(脚は象牙製)を何百も囲んで行われた大パーティーなど、要するに、華麗かつ豪奢なセレブ生活をこれでもかというほどに満喫することになりました。さらに、セネカは当時のローマ社会を代表する哲学者としても知られていたので、彼はこの方面での名声も手にすることになります。

つまり、彼が送っていたのは、普段は世界を股にかける大帝国の政治をきびきびと動かすと同時に、ちょっと筆を走らせればたちまちにローマの文士たちを震撼させ、休日は連日連夜のパーティーに次ぐパーティーで忙しいという、まさしく「この世をばわが世とぞ思ふ  The World is My Oyster」とでもいった様相を呈する生活にほかなりませんでした。同時代の哲学者たちの中には、あまりの悔しさに「ちくしょう何なんだよあいつは、うおおおおん!」と夜もすがら泣き叫ぶ人々も少なくなかったと言いますが、それはまあ、そうなるであろうなあという気もします。

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セネカ本人はこの生活について、どのように弁明したのか?

こうしてみると、たとえセネカその人が上に見たように「富とは重荷にほかならない」と主張していたとしても、「あなたがそれ言いますか」とのツッコミを入れる人が古代から後を絶たなかったことは、まことに無理からぬことであるといえます。ここでは、セネカを弁護するために挙げることのできる論拠を、二つほど見ておくことにします。

① セネカ本人は、先ほどとは別の『幸福な人生について』という文章においては自分の立場を、次のように表明しています。

「だが、哲学者が財産を軽んずべきだと言うのは、それを持ってはならぬ、というのではなく、それに心を動かされずに持て、ということなのである。[…]賢者は財産を愛するのではなく、あったほうがよいと思うだけである。財産を心の中まで受け入れるのではなく、ただ屋敷内に受け入れるだけである。」

つまり、大切なことは財産を持つことなどよりもはるかに重要な「徳による人格の完成」にほかならないのであるが、財産というのは言うまでもなく、ないよりはあった方がよいことは確かなのであるから、持つにしても心を穏やかにして持つのが大事なのだ、ということですね。話がうまくできすぎているような気もしなくはないですが、一応、理屈は通っています。書いた当人の状況を考えると「あったほうがよいと思うだけ」というのは、ちょっと調子がよすぎるような気もしますが……。

② セネカ本人は自分自身の死にざまによって、賢者というものは何一つ未練を残すことなくこの世を去ってゆくことができるということを、実地で証明しました。後年、自分が育て上げた皇帝ネロによって不当な自殺を命じられた際、セネカは一切動じることなく、静かに死んでゆきます。友人たちに残した最後の言葉は、「唯一のものとなったが、しかし最も美しいわたしの持物を財産として君たちに残すことを誓う。それは私の生きている姿である」だったそうです。

したがって、以上の二点を考慮に入れるならば、私たちはそこから、次のような結論を引き出すこともできるように思われます。すなわち、何か釈然としないものが残るのは確かであるが、類まれなる富と弁舌の才能を有していたこのセネカなる哲学者が、自らの価値観をあくまでも貫き通した人であったことは、確かなようである。彼は心を動かさずに財産を持てと主張し、また、実際にも持った。そして、運命の打撃によって自らの命を絶つように命じられた時にも、彼はきわめて冷静かつ高貴な振る舞いとともに、この世から堂々と退場したのである。その様子は、何物にもとらわれることのない真の自由を手にしているのは果たして、彼に死ぬことを命じた皇帝であるのか、それとも、死を命じられた当のこの人の方であったのかがわからなくなるほどであった、と。

おわりに

セネカの場合、残された作品と伝記的事実のうちに漂っている否定しがたい気品と風格の存在が、この人を数々の疑念から守り続けてきたといえます。まるでパチンと指ではじくように、うさんくささを一瞬のうちに高貴さに変えてしまうのが、セネカの言葉が持つ魔法の力(まさしく「セネカ・マジック!」)であると言えるのかもしれません。

 

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