5月3日「多忙は霊的な病気」

 次のいくつかは「牧師」について述べる。「牧師」という言葉を、クリスチャンであれば、どんな職業に言い換えても構わない。

 多忙は霊的な病気である。一つのことをしている時に、慌てて別なことへと思いが移る時、霊的な病気になっている。そうした時には、「神がこの役割のためにわたしを召し出されたのだ」という召命感に基づいて自分を統合することが不可能になり、「神の恵みが全てに先立つ」という確信も失ってしまう。そうした場合には、人々の間で心を通い合わせることが求められる。牧師はその求めに応え、語り合い、祈らなければならない。そのためには、「機能的」とか「技術的」とか「非人間的」という外部から課せられることがない、静かな余暇の時間をたっぷり取る必要がある。

わたしは大地に足をつけて、静かな心を育んできた。母に抱かれて安らいでいる
赤子の思いさながらに、わが魂は満ち足りている。
―― 詩編131編2節

*引用される「聖書の言葉」はピーターソンさんの翻訳・翻案を訳したものです。

63db463dfd12d154ca717564出典:ユージン・H.ピーターソン『聖書に生きる366日 一日一章』(ヨベル)
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