11月2日「水と霊とによって生まれなければ」

はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。(ヨハネによる福音書3章5節)

ある夜、ユ ダヤ議員のニコデモが主イエスのところに来て、教えを乞うた。主はニコデモに言った。 どんなにあなたが努力して知識を積み、修行をしても、新しく生まれ変わらなければ神の国を見ることはできない、と。そう言って、主イエスが単刀直入にニコデモに語ったのが今日の聖句である。

「水」とは、バプテスマである。私たちは主イエスを信じてバプテスマを受け、 主と結ばれ、主の死と復活にあずかる。 バプテスマは自分の罪に死ぬこと、頼みにして来た自分を葬ることである。自分を葬るとき、神の「霊」が私たちを新しく生かす。神の霊は風と同じで見えないが、神の愛と恵みの風に触れて、それと知る。聖霊によって神の愛が心に注がれる時、私たちは罪の赦(ゆる)しと、私たちを神の 子とする神の恵みを確信する。「この霊によってわたしたちは、「アッパ、父よ』と呼ぶのです。この霊こそは 、わたしたちが神の子供であることを、わたしたちの霊と一緒になって証ししてくださいます」 (ローマ8・15〜16) 。

私たちは主イエスを信じ、主に身を委ねてバプテスマを受けることにより、過去の自分が葬られ、 天から吹いてくる霊の風に吹かれて生きるようになる。神に持ち運ばれて、この人生を生きる。 この風に吹かれると、 不思議に神に愛されている喜びが湧いてくる。この風に吹かれると、神が私たちと共にいてくださることを知り、私たちのうちに希望と忍耐が生まれる。この事実を指して、 主イエスは 「新しく生まれる」、「神の国に入る」、神が生きて働かれる世界を見ると言った。

内藤淳一郎

内藤淳一郎

西南学院大学神学部卒業後、日本バプテスト連盟の教会で牧会、鹿児島大学哲学科のカトリックの神学の学びから、鹿児島ラ・サール高校でも教える。日本バプテスト連盟宣教室主事、日本バプテスト連盟常務理事を8年間務める。

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