6月12日「固く結び合いなさい」

皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい。(コリントの信徒への手紙I 1章10節)

コリント教会はパウロの伝道によって設立されたが、彼が離れた後、諸問題が起った。その一つが「わたしはパウロにつく」、「わたしはアポロに」、「わたしはケファに」という分派争いであった。パウロは「ねたみや争いが絶えないのは、あなたがたが肉の人(信仰のない人間)に逆戻りしているからではないか」(3・3)と問いかけ、今日の聖句をもって勧告した。

キリストは世がご自分を信じるようになるために、信徒たちが「一つとなる」ようにと御父に祈られた(ヨハネ福音書17章)。教会の一致は、福音を世に宣教する証しである。

キリスト信徒であっても、個性は違い、多様である。何が信徒たちを結び合わせ、一つにするのか。冒頭の「固く結び合う」という同じ言葉が、エフェソ4章12節には、キリストが教会に使徒、預言者、福音宣教者、牧者、教師というみ言葉に仕える者を与え、信徒たちを「奉仕に適した者とする」とある。神の言葉が信徒たちを固く結び合わせ、共に主に仕える者に整えるのである。それゆえに、教会は神の言葉を語ってくれる奉仕者を必要とする。

神の言葉の中心は「十字架の言葉」である。教会は十字架の言葉、言い換えれば、キリストの贖(あがな)いの恵みにあずかつて結ばれた信徒の共同体である。「主の晩餐(ばんさん)」は、教会がこの恵みに立つようにと、キリストによって制定された礼典である。信徒たちが説教と礼典にあずかり、神の贖いの恵みに養われることによって、固く結ばれ、教会は形成される。教会とは、御言葉が正しく語られ、正しく聞かれ、礼典が正しく行われるところである。

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