4月30日「神の国は近づいた」

時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。(マルコによる福音書1章15節)

主イエスは、貧しい人や病人の多い辺境の地ガリラヤを活動の地と定め、福音の宣教を開始した。今日の聖句は、主イエスが宣べ伝えた宣教の内容を端的に要約している。

神が罪の世界を終わらせ、王として支配される「神の国」は、主イエスの到来によって近づいた。主ご自身が福音を宣ベ伝え、活動しておられる此処に、神の国は来ている。「見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう」(黙示録3・20)。

主イエスの言葉を聞いて、戸を開けさえすればよいのである。「時は満ちた」。今が、神に立ち返り、神の支配の中に生きる好機である。決定的な救いの時が来たのである。「悔い改める」とは、方向転換をすることである。まともな人間になって、神に立ち返れというのではない。主イエスは罪人に代わって十字架にかかり、罪の裁きを引き受けて死んでくださった。「今のまま、罪のあるまま、わたしのもとに来なさい」と主は招いておられる。

「福音を信じよ」を文字通り訳せば、「福音の中に信じよ」である。イエス・キリストを通して現れた神の愛の中に、身を置いて生きよ、信頼して生きよ、という招きである。そうすれば、「終わりの日」に成就される神の国に生きるだけでなく、今この世において、神に守られ、導かれて生きる。人間は弱い、孤独な存在である。何が起こっても大丈夫というものを持っていない。しかし、信じる者には、イエス・キリストが共にいて、その人生を担い、守り、導いてくださる。だから、苦難に直面しても、勇気を出して生きるのである。

内藤淳一郎

内藤淳一郎

西南学院大学神学部卒業後、日本バプテスト連盟の教会で牧会、鹿児島大学哲学科のカトリックの神学の学びから、鹿児島ラ・サール高校でも教える。日本バプテスト連盟宣教室主事、日本バプテスト連盟常務理事を8年間務める。

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