【映画評】 壊れた世界をたて直す 『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

自給自足の伝統的な暮らしを守るキリスト教アナバプテストの教派メノナイトの村で、女たちが朝起きると体にアザが印されているといった怪事が頻発する。はじめこうした訴えに村のコミュニティは耳を貸さないが、一部の男たちが牛用の睡眠剤を使った集団強姦に及んでいたと発覚する。男たちを赦し従うべきか、戦うべきか。村を出るべきか、残るべきか。決断を迫られた女たちは、ひそかに納屋へ集まり話し合う。本作は、この合議の過程へ焦点化した質実作だ。

物語は見渡すかぎりの田園風景の中に建つ、農家の納屋を主舞台とする。女たちはいずれも極めて質素ないでたちであるため、100年前の話だと聞かされても納得してしまうほど古色を帯びて感じられるが、2005年から2009年にかけてボリビアで起きた実話をベースに書かれた、ミリアム・トウズの同題小説を原作とする。宝石を身につけず飾りたてない女たちの装いは伝統的なメノナイトの生活様式を反映し、衣装にかぎらず彩度が抑えられた映像は、それ自体が色褪せて逼塞した女たちの心情をも暗喩する。

村の100人以上の女性住民による投票は、村に残って戦うか、村を出るかの二つの選択候補が同数で残り、決断の帰趨は二つの家族による話し合いに委ねられる。これに、男たちを赦して従うことを主張する少数派の家族を加えた3家族11人の女たちが、本作の主要登場人物となる。が、他にもうひとり、教師の青年が登場する。村の男たちから「ひよわで男らしくない」と軽んじられる彼は、しかしその実直さから女たちに信頼され、村の風習により教育を受けたことがなく文字を書けない女たちに代わって、その場で起こるすべてを目撃し書き記すことを望まれる。

そして名優ベン・ウィショーの演じるこの実直青年の存在こそ、本作全体の構成上不可欠の重りとなる。女たちによる女たちのための合議を青年はただ見守り、彼自身の男性性が女たちから問題視されることはなく、あくまで中立性が保たれる。実のところ彼は女たちのまとめ役であるオーナ(ルーニー・マーラ)の恋人で、オーナもまた眠る内に強姦され子を孕みさえしているが、青年が怒りを露わにする場面はない。また映画の各所で女たちには納屋の外での場面も多く用意されるのと対照的に、彼はほぼ全編で納屋に留まり続け、終幕を納屋の内で迎える唯一の存在となっている。

村を出るにしても、何歳までの子どもを連れていくべきか。何歳から男の子は〝男〟になるのか。その場における唯一の男性として青年は、「14歳以上の男児の危険性」について意見を求められ、簡潔に、「危険な生き物(creature)だ」と答える。このとき原語〝creature〟はキリスト教文脈における「被創造物」を含意するとともに、女たちにとってよくわからない「怪物」のニュアンスをも響かせる。青年が自死を考えていたと明かされる後半場面は、彼が男でありながらこの“怪物”性をもたないことを示す必要から挿入されたとみてとれる。

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監督サラ・ポーリーは、「本作は決して男性性を糾弾する映画ではない」という。そうではなく、「壊れた世界をいかに立て直すかという話し合いが持つ、終わりのない潜在的な力と可能性を、全てのフレームで感じたかったのです」と彼女は記す。この意図は実際、教師青年の存在によって周到に果たされている。そこに青年がひとりいることにより、女たちのみによる合議は一方的な男性性断罪の色彩を帯びることなく、現実的に考え抜かれた決断へと向かう。

サラ・ポーリー自身が実は、10代のころ性暴力に遭ったことを過去に告白してもいる。このことを考えあわせると、糾弾的にではなく描かれることの意味は一層重くなる。彼女は俳優としてのキャリアも著名だが、ふり返れば日本でその知名度を上げた出演作『死ぬまでにしたい10のこと』や『あなたになら言える秘密のこと』などはいずれも癒えない病や傷を主題とする。殊に戦争犯罪による集団強姦を背景とする後者におけるサラ・ポーリーの演技は出色中の出色であり、監督作『ウーマン・トーキング 私たちの選択』の質実さは、こうした過去との鋭い対峙と、積年の研鑽とを通じた渾身の到達点だといえる。

「これはあなたが生まれる前の物語」というオーチャ役ケイト・ハレットのナレーションから始まる本作は、「あなたの物語は、きっとより良いものになる」と語られ閉じられる。遠いいつかどこかの話ではなく、あなたの物語だという語りかけもまた、サラ・ポーリー監督作であればこそ強く響く。

(ライター 藤本徹)

『ウーマン・トーキング 私たちの選択』 “Women Talking”
公式サイト:https://womentalking-movie.jp/
配給:パルコ ユニバーサル映画
6月2日よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイトシネクイント他全国公開

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