誰が「二級市民」なのか 山森みか 【宗教リテラシー向上委員会】

前回の「イスラエルのユダヤ人社会における亀裂」(2月21日付本欄)では、昨年末に発足した第6次ネタニヤフ政権が連立を組む二種の宗教政党と、その問題点について紹介した。超正統派ユダヤ教の宗教政党は、ユダヤ教の規定を一般市民に守らせる政策で人々の自由を疎外する。宗教シオニズムを掲げる政党は、現実とは乖離した宗教的信念に基づき、イスラエルの国土及びエルサレムの神殿の丘/ハラム・アッシャリーフでのユダヤ教宗教活動の拡大を目指す。そして彼らの挑発的言動は過激な反応を招き、市民の安全を脅かす結果をもたらしている。

【宗教リテラシー向上委員会】 イスラエルのユダヤ人社会における亀裂 山森みか 2023年2月21日

彼らと連立を組むネタニヤフ政権は発足当初から、司法制度改革の実現を推進してきた。この法案が成立すると、国会(クネセト)の過半数で最高裁判断を覆すことができるようになる。この改革案の背景には、最高裁判事の席はすべて、宗教的には世俗派、政治的には左派、出自はアシュケナジ(東欧系)のユダヤ人で占められていて不公平だという批判があった。つまりそれ以外のカテゴリーに入る、宗教的、右派、中東や北アフリカ系のユダヤ人は、自分たちの立場が抑圧されていると感じてきたわけである。だが国会の過半数ですべての政策が決められることになると、多数決で選ばれた議員のポピュリズムに流された決定に対抗する手段がなくなる。とりわけネタニヤフは自らの汚職裁判を抱えており、この改革を自分の利益に用いる意図があることは明白であった。

この司法制度改革に反対するデモは政権発足時から毎週安息日明けに続けられてきたが、法案成立予定の3月末が近づくにつれ激しさを増し、イスラエル国防軍予備役兵の応召拒否にまで拡大した。3月25日夜、事態を重く見たガラント国防相は、改革プロセスの一時中止を呼びかけた。外遊中だったネタニヤフは26日に帰国するやガラント国防相の罷免を発表したが、閣議にもかけず一存で、国防相という重い地位にあるガラントを罷免したことは、ネタニヤフによる「独裁宣言」と国民に受け取られた。未明まで全国的な反政権デモが続き、現政権に投票した人々も反対を表明するに至った。

翌27日には、改革プロセスの一時中止を求めて労働者総同盟(ヒスタドルート)が前代未聞の規模のストに突入した。このストには銀行、大手チェーン店、法曹界や教育機関、ハイテク業界、基幹病院や空港も参加し、国の機能はほぼ停止した。一時は政権崩壊かと思われたが、与党内の意見を取りまとめたネタニヤフは同日夜、改革プロセスの一時中止を宣言。野党党首たちと今後法制度改革案修正について話し合いが持たれることになった。

エルサレムでの司法制度改革反対デモ

この一連の出来事において改革推進派が大々的に張ったのが、「私たちは二級市民」というキャンペーンであった。つまり改革反対派に属する最高裁判事や軍の幹部、グローバルにビジネスを展開する人々、知識人たちは国内において重要な地位に就いている。だがユダヤ教の伝統的価値観を重んじる自分たちはその輪から締め出され、選挙で勝っても主張が潰されるというのである。私から見ると、彼らはユダヤ人が国民の70%を占めるユダヤ国家イスラエルにおけるマジョリティであり、マイノリティなのは非ユダヤ人である。だが彼らは、ユダヤ人であっても世俗派や左派の人々は、自分たちではなく非ユダヤ人のマイノリティの立場をより優先しているように感じている。今回「二級市民」という強いインパクトを持つ言葉が浮彫りにしたユダヤ人の間の分断については、今後も考えていきたい。

 

山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。

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