【ハタから見たキリスト教】 〝大事なのは、そこで聞ける言葉に値打ちがあるかどうか〟 池澤夏樹 Ministry 2013年5月・第17号

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 2009年、『ぼくたちが聖書について知りたかったこと』(小学館)で昨今のキリスト教書ブームの先駆けとなった、作家の池澤夏樹さん。同書は、親戚にあたる秋吉輝雄さん(立教女学院短大教授、旧約聖書・古代イスラエル宗教史研究者)との対談本である 。2012年末に文庫化され、今も広く読まれ続けている。秋吉さんの没後には、故人の遺志を継ぎ、編者として秋吉訳『雅歌』(教文館)の出版に携わった。長い欧州での生活で触れてきたキリスト教との邂逅と自身の「信仰」について話を聞いた。

「テント」の内側に踏み入る契機がない

――キリスト教との接点は?

もともと九州の北部、博多・長崎・佐世保の近辺に親族が多く、クリスチャンの雰囲気は強かったと思います。父方の祖母・とよはプール学院を出て聖公会の伝道師になりました。結婚して父・武彦を産んだ後は、伝道活動をしていなかったと思いますが、いくつかの系統に分かれた親族の一つが秋吉家なんです。輝雄の父・利雄はとよの兄になります。輝雄の兄・光雄は、アメリカで働きながら伝道するワーキング・プリーチャーをしています。

ですから、キリスト教との縁は深い。今でも一族が年に1回集まるときは、お祈りもするし、賛美歌も歌う。ぼくは黙って、敬虔な顔をして待っている(笑)。ただ、輝雄自身も「自分は学者であって熱心な信徒ではない」といっていました。

――「信仰」に踏み出さない理由は?

10年以上前に、国際交流基金の仕事で東南アジアを回ったとき、フィリピンのセブ島にある高校で講演をしました。終わってから司祭である校長先生に、「なぜあなたはそれだけキリスト教に詳しいのに信仰がないのか」と聞かれた。

いわば自分は荒野の真ん中にいる。日差しは強く、暑い。周りにいくつもテントがある。一つひとつにカトリックとか、プロテスタントとか、イスラムと書いてある。中を見ると涼しくて、みんな安心した顔をして暮らしている。しかし、そこにツカツカと入っていくきっかけがつかめない。いわば神さまは、まだ呼んでくださらない。だから待っているんです、という返事をしました。

祈るとはどういうことかが、まだ自分の心でわかっていない。高きにある特定の神格に向かって自分の願いを訴える、感謝を伝える、そこがよくわからない。かといって、仏さまにすがるわけでもない。しかし、宗教を信じて自分を律することができる良い心の状態は想像できます。一種の哲学的無神論です。

以前は祈ることを、神に向かって何か願うことと捉えていました。ところが、ケセン語訳で知られるカトリック信徒の山浦玄嗣さんが「祈るというのは、自分が神の道具として何であるかを問うこと。それがわかったら、それに従って働くんだ」と。震災後にたくさんの患者を診ながら、同情や共感ではなく、被災者と一体化してあれだけの働きをして、ぶれることは一切ない。その信仰が、彼の義しい生き方につながっていると感心します。

それを見ているからこそ、うかつには踏み込めない。何か契機があると思うんです。たとえば、加藤周一さんは亡くなる前に洗礼を受けられた。周りは驚いていましたが、本人は「母親も妹もクリスチャンだから、向こうに行ったときに寂しいでしょ」と(笑)。不純な動機ですが、それだって一つの契機です。

ぼくの父(作家・福永武彦)は信仰がなかったけれど、共に住んでいたら少年のぼくに教会に行くなとはいわなかったと思います。それでいて、「若いときに信仰を捨てた」と書いている。キリスト教をよく知っているけれども、祈らない人でした。聖書には詳しいし、作品の中にも取り上げている。ところが死んだ後、プロテスタントの教会で受洗していたことがわかった。

きっかけは俗なことで、夫人との仲を平穏に維持するために洗礼を受けて、熱心に通うようになった。彼はキリスト者として死にましたが、ぼくや友人には黙っていた。

文化的な関心でいえば、30歳でギリシャに行って2年半暮らしました。その間、ギリシャ正教会のミサをのぞきに行くわけです。音楽はきれいだし、司祭はカッコいいし、お香の匂いもいいし、イコンは美しい。

誰もいないときに双眼鏡を持って行って、床に寝ちゃうんです。そうやって丸天井に描かれた絵画を見ると、細部までわかって本当にきれい。ですから、信仰心なきままに教会や修道院をよく訪ね歩きました。

どこへ旅行をしても修道院は見に行きましたね。使われているものも遺跡になったものも。ただ、それは文化的な興味であって、イスラムに行けばモスクに行ったでしょう。

――国内では?

今のところは廻っていません。ただ、二十六聖人から天草四郎、浦上四番崩れまで、日本の初期のクリスチャンには興味をそそられています。なぜ弾圧に対してあれほど強かったのか。いずれ現地を訪ねて文献を読んで、ちゃんと考えたいなと思っています。

 

知識以上の何かを求める不安な日本人

――『ぼくたちが聖書について〜』も、当初は文化的な興味から?

なぜ人は信仰を持つのかという問いもある。それは必ずしも文化的興味ではなく、人の魂の問題。「輝雄さんにとって神さまって何なの?」とは聞かなかった。でも、なぜ人がこれほど2千年もの間、惹かれてきたか。それを頼みとして生きながら堕落し、分派を作り、今に至ったか。それを促していたのは信仰でしょ。その心の中はどうなっているんだろうという興味はついて回ります。

それまで、ぼくは彼を生き字引のように使ってきたわけですよ。折に触れていろんなことを聞いていました。そのうちにふと気づいたんです。つまり、聞き手になればいいと。上手く聞けば答えはどんどん出てくる。何せ怠け者でお酒好きでしたから(笑)。よくここまで聞き出して本が作れたと思います。

ヨーロッパの知識人たちは、知識人であることを特権ではなく一つの使命だと考えている。ものを知っているから、それを率先して世に示さなければならないという思いが強かった。それが彼らを、安易に流されず強く生かしているという気がしますね。周囲には立派なキリスト者がたくさんいるんですよ。

――この本の後に『ふしぎなキリスト教』が出て売れました。

おもしろい本でした。みんな不安なんですよ。キリスト教に対してそれだけ知的興味があるというのは、何か知識以上のものを求めているんじゃないかと思いますね。シニカルな感じがする部分もあるし、入口になるかどうかわかりませんが、あれが『創価学会入門』だったらそんなに売れない。

やっぱり、明治以来ヨーロッパの文化を学んで身につけようとしてきて、行く先々でキリスト教というものに出会うわけですよ。良くも悪くもそれが律している。今であればマックス・ウェーバーに戻って、プロテスタントが資本主義を作ったと。それが今のアメリカをあんな風にしているといわれたら、そこがどうつながっているのかという関心は出てくるでしょう。

――他方、本家本元であるはずの業界の本が売れないというのは?

さっきの例でいうと教文館とか、キリスト教の出版社の本は、テントの内側に置いてあるんです。『ふしぎなキリスト教』は、テントのすぐ外に置いてある。その違いだと思いますね。何か、匂いが違うのかもしれない。信仰を持つ人への違和感でしょうかね。日本人は異物排除の意識が強いから。

翻訳とは本来の姿に戻そうとする行為

ただ、確かにキリスト教ってわかりにくい。十字架とよみがえりと三位一体と永遠の命。そういうことが捕まえにくい。だから山浦さんの訳はすごいと思うんですよ。自分なりに全部いい換えるでしょ。洗礼は「お水くぐり」だと。たぶんそれは言葉に対する姿勢として正しいと思います。「神への愛」っていうけど、人は神を愛することはできない。それは「称える」「崇める」「大事にする」というニュアンス。キリシタンは「ごたいせつ(御大切)」といいました。生活の場で使っている言葉に直して、本来の姿に戻そうとする行為です。

――『雅歌』の翻訳にも通じます。

彼(秋吉輝雄)が新共同訳の下訳に携わったときも、方々から修正意見がついて彼の訳文がすっかり変わってしまった。だから、いずれ私訳を出したいと思っていたんでしょう。進めている途中で病気になって時間が足りなくなりかけたので、手を貸してくれと。「ヘブライ語も信仰もなくていいか?」って聞いたんですけど(笑)、日本語として整える作業だけを手伝ったんです。それを死ぬ間際までやったんですよ。

――聖書の訳語については?

言葉は時代と共に変わりますから、翻訳というのは1世代に1回ぐらいやり直したほうがいいんですよ。一方で日本のインテリたちには、聖書を別扱いして、立派な文学として読もうという姿勢が以前からあって、なかには「文語訳のほうが良かった」という人もいる。ただ、日常生活の祈りの言葉なんだから、文語訳ではできない。もったいぶっていて立派に聞こえるけどよくわからない。ありがたいかもしれないけど、親しみがあるかというとそうではない。英語でも「欽定(キング・ジェームス)訳」から比べるとどんどん軟らかくなっているでしょ?

もう一つは、学問的な厳密さ。『ユダの福音書』などによって、学説は変わっていくかもしれない。そういうことをすべて含めて、いくつもの条件を互いにすり合わせしながら作っていくものですよね。文体としての美しさももちろん必要です。それでも、どんな翻訳ができても、みんな何か不満をいうでしょうね。難しいと思います。

 

教会が語るべき言葉

――たとえば、どんなことがあれば毎週教会へ行きますか?

昨今ではまた人と人との距離が開いています。インターネットの普及で「半他人」のような仲が気楽だということになると、教会で生の人に接するのはうざったいようなところもあるかもしれない。

大事なのは、そこで聞ける言葉に値打ちがあるかどうかです。聖書に則った言葉としての値打ちではなく、生身の言葉として、大震災についてどう考えるのかと。困っている人たちに何ができますか、それは自己満足でないことは確かですかと。被災地に何度も通っていて大変な状況も知っていますが、ああいう場で役に立つ言葉がお宅にはありますかと。それこそ、神はなぜ津波を遣わされたのか。そこで助かった人と助からなかった人の境は何か。ぼくはそう考えます。

三陸の被災地を舞台にした、船が主役の滑稽な小説を書きました。タイトルは『双頭の船』。出版社で帯を作るときに「方舟」という言葉を使っていいかと聞かれて、それは止めようと言いました。なぜならば、船に乗っている人たちは救われて、そうでない人たちは救われなかったことになる。あの震災で犠牲になった2万人の側にそんな理由はない。最終的に希望の地に着くという意味ではイメージに近いんですが、方舟と呼んだら亡くなった方たちをロトの妻にしてしまう。それは違う。あのときも「天罰だ」といって怒りを買った某知事がいましたね。天罰だったらなんでお前が死なないんだと。

そういうふうに、現実に対してキリスト教はどう答えるのか。アフガニスタンに派遣される米軍の従軍牧師は何をするんですか。兵士たちが牧師を必要としているからそのために行くと、そっち側だけを見ればよくわかります。しかし、状況は戦争でしょ。勝利を祈るんですか。敵兵の死を祈るんですかと、つい聞きたくなる。

聖書だけ見ていればそれでいいかもしれませんが、それは必ず社会につながってくる。今、この時代にここで生きているんだから。戦争をはじめ今の世の中にはさまざまな形で不幸がある。それらは天国に行くための試練といってしまって説明がつくんですかと。難病の人や幼くして死んでしまう子どもに対して。そういうぎりぎりの議論だと思うんですよ。

2千年続いてきたからもう大丈夫なのではなくて、今から始めるわけでしょ。毎日曜のミサのたびに信仰はリセットされるわけでしょ。そういう強さが教会にあれば、毎週行くかもしれませんね。

(聞き手・松谷信司、波勢邦生/撮影・春田倫弘/協力・倉澤智子、教文館)

*全文は『宗教改革2.0へ ハタから見えるキリスト教会の○と×』(ころから)に収録。

いけざわ・なつき 1945年、北海道生まれ。詩人・小説家・翻訳家。88年『スティル・ライフ』で芥川賞を受賞、93年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞を受賞。2003年、著作活動全般について司馬遼太郎賞を受賞。07~11年『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』(全30巻)で毎日出版文化賞、朝日賞を受賞。主な著書に『ハワイイ紀行』(JTB出版文化賞)『花を運ぶ妹』(毎日出版文化賞)『すばらしい新世界』(芸術選奨文部科学大臣賞)『言葉の流星群』(宮沢賢治賞)『静かな大地』(親鸞賞)など。1974〜77年、ギリシャへ移住、2004年からはフランス・フォンテーヌブローに定住する。豊富な欧州生活体験から、日常生活を通じてキリスト教文化を見つめつつ、世界的視野に基づく創作・評論活動を続ける。

【Ministry】 特集「建物から考える教会論」 17号(2013年春)

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