【映画評】 疾走する魂と割れる社会 『行き止まりの世界に生まれて』『mid90s ミッドナインティーズ』『ガザ・サーフ・クラブ』 2020年9月2日

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人類を新型コロナウイルスが襲った2020年はまた、各地域で進行する新たな社会の分断が決定的に可視化された年として後世に記憶されるだろう。とりわけアメリカはBLM(ブラック・ライヴズ・マター)運動に荒れ、冷戦後唯一の覇権を握ってきたこの国が今どれほどの失意と不可逆の失墜に見舞われているかを白日の下に曝した。『行き止まりの世界に生まれて』は、トランプ政権の混乱を生んだ米国社会の矛盾に満ちる中西部ラストベルトで暮らす青年が、同世代のスケートボーダーたちを映像に収めた珠玉のドキュメンタリー作品だ。

監督である青年ビン・リューは華僑の母子家庭出身であり、自らの生い立ちと現在の生活環境とをレンズ越しに捉え直すことで前へ歩み出そうともがく。映し出されるスケートボーダーたちは、虐待の記憶ゆえ内に潜む暴力性と折り合いがつかない黒人少年や、若くして結婚生活に支障をきたす白人青年らで構成され、みな一様に貧しく未来に展望を抱けない。だからこそスケートボードに打ち込んでいる瞬間だけは解放され互いに通じ合えるが、なおも残酷な現実は日々襲い来る。その光景の、鉄鋼や自動車など重厚長大産業を支え米国の繁栄を象徴するかつてのラストベルトが放った“豊かで幸福な家庭イメージ”とのコントラストは、あまりにも烈しい。

「俺の人生は最悪だと思うけど、スケボーがあるから他の奴よりマシに思える。だろ?」

『mid90s ミッドナインティーズ』で、リーダー格の黒人青年レイは主人公の白人少年スティーヴィーにそうつぶやく。この世界がどれだけ狂おうと、スケートボードが路面を疾走し共に跳躍する時間だけは、すべてが統御され調和した境地が訪れる。名優ジョナ・ヒルが初監督し、自らを育てた’90年代のLAを舞台に西海岸ストリートカルチャーを慕情込め描きだす本作が、21世紀ラストベルトのリアルを撮る『行き止まりの世界に生まれて』と直に響き合うのは、登場する少年たちの多くが演技素人で本物のストリートボーダーだからだ。

例えば『mid90s ミッドナインティーズ』の主人公少年(サニー・スリッチ)が、家族との亀裂から落ち込んでいると、「俺の人生は最悪だ」とつぶやきながら少年を元気づけるリーダー格の黒人少年役のナケル・スミスは、映画初出演ながらアディダス等との契約も交わすカリスマ的なプロのスケートボーダーだ。少年の母親からみれば、彼らボーダー達は息子と関わらせたくない不良集団と映るが、映画の後半である光景を目撃し、彼らこそ息子にとって不可欠にして最良の友なのかもしれないと感覚する。実際、演技素人だからこそ素の人間がスクリーン上へにじみ出るようなスケートボーダー達の佇まいは、沁みるほど良い。

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ストリートカルチャーの精髄が映り込むその光景こそ『行き止まりの世界に生まれて』へと通じ、さらには次に扱う、紛争地でサーフィンに打ち込む少年少女らを映す『ガザ・サーフ・クラブ』とも響き合う。ストリートとは、職場と家庭に分離された近代の社会制度や管理志向型の規律秩序から漏れ出る場にほかならず、なにか便益のためでなくそこに生じる“人間”の営み、すなわち“佇まい”にこそ文化の本領は顕れる。佇まいが伝播する。

さて21世紀の今日、人工的な社会分断が最も進んだ地域の一つにイスラエル/パレスチナがある。ユダヤ教徒やムスリム、クリスチャンが混在して暮らしてきたそこに長大な分離壁が築かれ、このうえなく明瞭な分割統治が現に為される。『ガザ・サーフ・クラブ』は、閉ざされたガザ域内で逼塞しつつもサーフィンに打ち込む若者らを映しだす。汚染されゆくガザの海。青年イブラヒムはハワイ修行を夢みるもビザが下りない。少女サバーはムスリム社会の目を恐れ、海へ出るのをやめていく。若者にサーフィンを教え続ける中年漁師のくたびれた目線。未来のみえない日々のなか、ただ波と風だけが魂を自由にする。

スケートボード、サーフィンボード。失墜し分断されゆく世界のどこかで、今この瞬間にも一枚のボードと真摯に向き合い調和の境地を希求する彼らの姿はそう、祈りにも近い。(ライター 藤本徹)

『行き止まりの世界に生まれて』 “Minding the Gap”
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/ikidomari/
9月4日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで全国順次公開。

『mid90s ミッドナインティーズ』 “Mid90s”
公式サイト:http://www.transformer.co.jp/m/mid90s/
9月4日(金)より新宿ピカデリー、渋谷ホワイトシネクイントほかにて全国公開。

『ガザ・サーフ・クラブ』 “Gaza Surf Club”
公式サイト:http://islamicff.com/
「イスラーム映画祭5」にて9月20日/24日、神戸元町映画館で上映。

祝祭のイスラーム 「イスラーム映画祭5」主催者・藤本高之さんインタビュー 2020年3月12日

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