12月20日 マタイ2章16節

さてヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。
マタイ2章16節(参照箇所同書2:16〜18)

マタイは、救い主の降誕には、あまりにもふさわしくない、出来事の記録を残しました。しかしながら、この事実は理不尽とも見える不条理がこの世では起こることを、わたしたちに突きつけるものです。今の時代、数え切れないほどの不条理の出来事が起こることを知っています。ここに記された幼児虐殺は、わたしたちので起こっている不条理を象徴するかのようです。

しかしながら、この不条理の出来事はやがての死を遂げると約束されている幼子イエスの誕生に合わせて起こっていることに注目すべきです。不条理に出会うとき、わたしたちは、「なぜ」と問います。主もまた「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれました。わたしたちの「なぜ」は、において共有される、「なぜ」であることを知らねばならないのです。ある学者は、ここには「共に苦しむ神」があると申しました。わたしたちの「なぜ」を共に負って、「共に苦しんでくださる神」がおいでになるからです。「なぜ」の問いを共に負ってくださる神、そのお方をベツレヘムでお生まれになった、幼子イエスの中に見ることが許されているのはなんという慰めでしょうか。

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