12月4日 ペトロの手紙一4章8節

「愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。
ペトロの手紙二3章8節(参照箇所同書3:8〜13)

 

初代教会には、再臨のキリストが世の終わりにやっておいでになり、その時は間近に迫っているとの信仰が広く定着していました。ところがキリストの再臨は近いと言われているのに、何一つ変ったことは起こらないではないかと言う者が出て来たことをペトロの手紙は伝えています。「天地創造の初めから何一つ変らないではないか」(4節)。

キリストを信じた以上、何か一つくらい変ったことが起こってもよさそうなものだ、けれども何も変らないという初代教会の人たちと同じように、現代のわたしたちも信仰を持ったのだから、何かしら変化が起こるのではないか、でも何も変ったことは起こらないと思うことがありましょう。

このような人の思いに対して、聖書は、「主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです」と言います。神の起こされることを考えるときには、時間を考えてはいけないのです。神は時間とは関わりなく、時間を越えて働いておいでになります。手紙の著者は、神はすべての人が救われるために忍耐というわざを起こしておいでになると言います(9節)。だから神の忍耐が救いになっていると教えるのです(15節)。

賀来 周一

賀来 周一

1931年、福岡県生まれ。鹿児島大学、立教大学大学院、日本ルーテル神学校、米国トリニティー・ルーテル神学校卒業。日本福音ルーテル教会牧師として、京都賀茂川、東京、札幌、武蔵野教会を牧会。その後、ルーテル学院大学教授を経て、現在、キリスト教カウンセリングセンター理事長。

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