日本人牧師、アメリカのコロナ病棟へ初潜入 【アメリカのコロナ病棟から 関野和寛のゴッドブレス】第2回

「怖い……」「本当に入って大丈夫か? 私も感染するのではないか?」

足はすくんでいた。青白い照明が無機質な壁を照らしている。入り口から遠く離れた場所に置かれたベッドの周りをさまざまな医療機器が囲んでいる。「危険! 防護服確認!」と張り紙がされたガラス張りの扉は固く閉じられ、その奥で患者が力なく寝かされている。そう、ここはコロナ患者が隔離されている病棟だ。面会謝絶の中、ある者はiPadの上で指を滑らせ何かを見ている。またある者は苦しそうな呼吸の中で目を閉じ、癒やされる時をひたすらに待っている。

全世界の動きを止め、大量の失業者を生み、多くの人のいのちを奪い続けているウイルスに感染した彼らからは失望感が溢れ出している。700万人の感染者、死者20万人、ここはCOVID-19感染者数世界最多のアメリカのコロナ病棟である。病院内で闘病中の患者、家族を亡くした人々の心をケアする聖職者チームの一員として働き出した私は、コロナ病棟担当牧師に任命されているのだ。

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ノックをして私はその扉を開けようとするが、全身の神経が逆立ち、身体中の細胞が警戒アラームを脳に送っている。防護服の中の毛穴からジワッと脂汗がにじみ出してくる。だが、もう引き返せない。意を決して私はコロナ室に飛び込んでいった。「はじめまして。この病棟担当の牧師です。あなたに会いに来ましたよ」――伝えたのはそれだけだった。

すると初老のアメリカ人女性は涙を流して微笑み、「家族ともずっと会えなくてとっても寂しかった……。この扉が開くのはドクターによる検査、そして看護師が身の周りの処置をしてくれる時だけ。でも、検査でも処置でもなく、ただ会いに来てくれたのはあなただけよ!」と。震えていた足は止まり、私も気がつけば満面の笑顔だった。

私は日本人牧師、ここアメリカの医療制度もわからないし、医師や看護師ではないから薬1錠も処方できない。絆創膏(ばんそうこう)1枚も貼ることができない。世界を震撼させる未知なるウイルス。ワクチンができても完全に収束はしない。でも、ウイルスは収束しなくても人々をむしばむ孤独を終わらせることはできる。そこに孤独があるならば、私は今日もコロナ病棟に入っていく。ちょっと怖いけど……。

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関野和寛

関野和寛

せきの・かずひろ キリスト教会牧師(プロテスタント・ルター派)。東京生まれ。青山学院大学、日本ルーテル神学校を卒業後、香港ルーテル神学校牧会宣教博士課程で学ぶ。2006年から14年間、歌舞伎町の裏にある日本福音ルーテル東京教会の牧師として働く。教会の枠を超えて堅苦しいキリスト教の雰囲気を壊し、人々に日常の場で赦しや愛を伝えるためにあらゆる場所に出向き講演やロックライブをする。米ミネソタ州ミネアポリスのコロナ病棟での修業を経て、帰国後は在宅医療・ホスピスチャプレン、ルーテル津田沼教会牧師として働く。

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