主の御名をあがめます。
皆様いかがおすごしでしょうか。MAROです。
本日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。
聖書のランダムに選ばれた章から思い浮かんだよもやま話をしようという【聖書からよもやま話】、今日は旧約聖書、歴代誌第一の25章です。よろしくどうぞ。
歴代誌第一 25章8節
彼らは、下の者も上の者も、達人も弟子も、みな同じように任務のためのくじを引いた。
(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)
ダビデ軍の楽隊には、楽器や歌の訓練を受けた人たちがたくさんいました。現代ではたくさんのミュージシャンが同じステージで演奏する時、一番有名でキャリアも長い人が最後の「トリ」を務め、最も若い人がトップバッターを務める、というようないわゆる「定石」があるわけですけれども、ダビデの楽隊ではそんなものには縛られず、みんな平等にくじを引いて演奏の順番を決めたんだそうです。
秋になり、そろそろ年末の紅白歌合戦の出場者も発表されたりするのでしょうか。毎年、誰が「トリ」を務めるのかなんてことが話題になったりもしますけれど、こんな風にすべてくじでランダムに決めてしまうというのも面白いかもしれませんね。同じく年末の楽しみであるM-1グランプリではすべての出場者がくじ引きで演じる順番を決めますよね。あのシステムにも賛否両論がありますが、少なくとも僕は好きです。
ところで、ミュージシャンの世界ではよくあることなのですが、「逆リハ」というシステムがあります。これは本番の舞台での出演順の逆の順番でリハーサルを行うというシステムです。このシステムでは「トリ」の人が最初にリハーサルをして、トップバッターが最後にリハーサルをするということになります。こうすると最後にリハーサルをしたトップバッターが、リハーサルのセッティングのまま本番を迎えられるので効率が良いというメリットがあります。一方で、「トリ」の人は一番最初に現場に来てリハーサルをして、本番の最後までずっとその場にいなければいけないということにもなります。これは一見デメリットにも思えますが、「トリ」というのはその日のステージの「座長」でもあるわけですから、その人がリハーサルから本番まで、最初から最後までそこにいるということはむしろメリットでもあります。自ずと他の出演者のリハーサルも本番も、すべてを見ることになりますから。若いミュージシャンには大御所に演奏を見てもらえる良い機会にもなります。「トリ」には最後に演奏するというだけではなく、そんな役割もあるわけです。
ダビデの時代にこの「逆リハ」のシステムがあったかどうかはわかりませんが、しかし聖書にわざわざ「くじ引きで決めた」ということが書いてあるということは、その時代でも出演順をくじ引きで決めるということは一般的ではなかったのでしょう。一般的だったのであれば、それをわざわざ書く必要なんてないんですから。
この楽隊は神様のための演奏をする人たちです。人間を楽しませるための演奏をするのなら、大御所が「トリ」を務めて「逆リハ」をして・・・というシステムは有効なのでしょうが、神様の前では上手な人も下手な人も若手もベテランもみんな等しく「愛されている者」です。神様にとっては、人にとっての巧拙なんて何の意味も持ちません。神様に捧げる音楽は、上手いとか下手とかキャリアが長いとか短いとか、そんな序列をつけるべきものではなく、どれも等しく尊いものなんです。
そしてそれは音楽に限ったことではありません。序列を決めたがるのは人間の性質ですが、神様の前にはそれは何の意味もありません。どんな分野のどんな人も、神様の前では等しく愛され、等しく尊いんです。文章を書いたって、料理をしたって、絵を描いたって、仕事をしたって、人は序列をつけたがりますが、神様はそんなことはしません。ただ、与えられた場で堂々と喜んで自分のやることをすればいいだけです。それを何より神様は喜ぶんです。
それではまた次回。
主にありて。
MAROでした。
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