主の御名をあがめます。
皆様いかがおすごしでしょうか。MAROです。
本日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。
聖書のランダムに選ばれた章から思い浮かんだよもやま話をしようという【聖書からよもやま話】、今日は旧約聖書、エレミヤ書の28章です。よろしくどうぞ。
エレミヤ書 28章15節
ハナンヤ、聞きなさい。主はあなたを遣わされてはいない。あなたはこの民を偽りに拠り頼ませた。
(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)
ハナンヤという人はいわゆる偽預言者と呼ばれる人で、イスラエルの民に都合の良いこと、耳障りの良いことばかりを民に語って、人気を得ていた人でした。真の預言者であるエレミヤが「君たち、このままではこの国はバビロニアに滅ぼされるぞ。神様の言うことに従わなければいけないぞ」と言ったのに対し、ハナンヤは「大丈夫です皆さん。神様は2年以内にバビロニアの勢力をこの土地から追い払ってしまいますから安心してください」と語り、人々の心を掴みました。本当のことを語ったエレミヤは民から嫌われました。
現代でもこういう人、いますよね。いつでも大衆の耳に心地よいことばかりを言って人気を得る人。フェイクニュースでバズを狙うインフルエンサーとか。しかしそういう人は自分の「予言」が当たらなくても責任は持ちません。どんどん世の中が悪くなっていっても「大丈夫、大丈夫!今度こそ大丈夫!まだ大丈夫!」と言い続けます。嘘を嘘で覆い隠すように、フェイクニュースをフェイクニュースで覆い隠していつまでも責任を取ろうとしません。しかしエレミヤはハナンヤに対してこんなことを言っています。「平安を預言する預言者というのは、本当にその平安が訪れて初めて預言者として認められるのですよ」
今の日本でも「日本の未来は明るいぞ!また良い時代が来るぞ!」と語って人気を得ている人がSNSなんかでたくさんいます。でもそういう人は、本当に明るい未来が来るまでは手放しでは信じるに値しません。一方で「日本の未来は暗いぞ!地獄のような時代がやってくるぞ!」とばかり語って人々の不安を煽って自分の存在を大きく見せようとする人もいます。そんな人がこれまた手放しで信じるには値しないのは言うまでもありません。
僕たちは本当のことを語る人と、人気のために適当なことを語る人を見分けなければいけませんが、それは簡単なことではありません。嘘をつく人の嘘というのは、嘘をつかない人が想像するよりもはるかに巧みなものですから。嘘を信じさせるコツの一つは、相手が心の奥底で「信じたい」と思っていることを語ることです。人間はどうしても信じたいことを信じてしまうという性質があります。
何かの情報を信じる時、自分を観察してみることも一つの対策です。自分はこの情報を信じたいから信じているのか、それとも本当に真実だから信じているのか。その問いかけを自分の中で持っていることだけでも、大きな違いが生まれます。もしそれが悪い情報なら、「こんな悪い情報を信じたいわけがないじゃないか」と思うかもしれません。しかし「他の多くの人が知らない情報を自分が得た」というだけで、それは十分に「信じたい情報」になり得ます。「大衆というのは自分が信じたいことを信じるものだよね」なんて他人事として考えていてはいけません。自分もまた自分が信じたいものを信じてしまうのだということを常に心に置いておかなければいけません。
こんなことを言うと、「クリスチャンだって、自分の信じたい神様を都合よく信じているだけだろう?」なんて言われそうです。たしかにクリスチャンも人間である以上、その可能性から完全に逃れることはできないでしょう。だからこそクリスチャンは自分が「信じたいから信じている」のか「真実ゆえに信じているのか」を自己吟味し続けなければなりません。だからこそクリスチャンはきちんと聖書に足場を据え、十字架と復活という「事実」に信仰の土台を立てておく必要があります。そうでなければ都合よく自分の信じたいことだけを信じ、耳障りの良い聖句だけを繰り返し唱える、ハナンヤのような信仰に陥ってしまうことでしょう。ハナンヤはクリスチャンにとって決して「自分とは関係のない悪人」ではなく、「一歩間違えれば自分も陥ってしまう誤りの見本」なんです。
あなたの信じたいことはなんですか。その信じたいことが誰かから語られるときこそ、気をつけなければいけません。そこにハナンヤの落ちた穴がぽっかりと口を開けているんです。
それではまた次回。
主にありて。
MAROでした。
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