苦労を捨てる勇気【聖書からよもやま話600】

主の御名をあがめます。
皆様いかがおすごしでしょうか。MAROです。

本日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。

聖書のランダムに選ばれた章から思い浮かんだよもやま話をしようという【聖書からよもやま話】、今日は新約聖書、コロサイ人への手紙の2章です。よろしくどうぞ。

コロサイ人への手紙 2章23節

これらの定めは、人間の好き勝手な礼拝、自己卑下、肉体の苦行のゆえに知恵のあることのように見えますが、何の価値もなく、肉を満足させるだけです。
(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)

「クリスチャンになるといろんなルールを守らなくちゃいけなくて、生活が縛られそう」という声をときどき聞きます。でも実はキリスト教って、何を食べちゃいけないとか、何を飲んじゃいけないとか、決まった時間に何かをしなきゃいけないとか、そういった生活のルールはほとんどありません。むしろ、そういった人を縛るルールを否定し、「誰かが作った勝手なルールで自分を縛っちゃいけないよ」と教えるのがキリスト教です。

今日の引用箇所の「これらの定め」というのは、そういった『つかむな、味わうな、さわるな(21節)』といった、自分を縛るルールのことを指しています。また、神ではなく天使を礼拝したりする、勝手な信仰ルールのことも指しています。

肉体の苦行が肉を満足させるだなんて、一見すると矛盾するようにも見えますけれど、肉体の快楽によって心に満足を得るのも、肉体の苦痛によって心に満足を得るのも、どちらも肉体によって心に満足を得るのですから、考えてみれば同じようなものです。まして、たとえば断食をすることによって「僕は断食をしているんだぞ、えらいだろ?」と、他の人に自慢するようであれば、それは決して好ましいものではありません。むしろそういう人を指して、イエス・キリストは「そういう態度、よくないよ!」と怒っています。心についても同じことです。わざわざ辛い思いをして、その辛い境遇によって心に満足を得るようなこと。そんなことは肉体の苦行と同じです。

苦行というのはエスカレートしやすいものです。誰かが三日の断食をすれば、「僕は五日間やろう」とか「五日なんてまだ甘い甘い、僕なんて一週間やっちゃうよ」と競争みたいなものが始まってしまったりします。それはもはやいわゆるマウント合戦であって、修行でも何でもありません。なんなら「僕の考えた新しい修行」をやって「どうだすごいだろ」なんて勝ち誇る人さえいたりします。そして時にはそれで健康や命を損なったりさえします。聖書は「そんなことは必要ないし、いいことは何もないからやめなさいよ」と言っています。

日本人って「苦労」が好きです。苦労すればするほど、受け取る報いが大きいだろうし、大きくなければならない、と考えがちです。ですから人によってはあの手この手で苦労をしようとしたり、自分の苦労を自慢したりします。「若いうちの苦労は買ってでもしろ」なんて、日本ならではのことわざです。でも実は、苦労と報いの間には何の関係もありません。苦労すれば必ず報われるわけでもなければ、報われた人が必ず苦労をしているわけでもありません。努力や精進が結果として苦労を生み出すことはあるでしょうが、苦労そのものには意味はありません。でも人は往々にしてそれを忘れて、あるいは知らずに、自分で苦労を作り出し、それを味わうことで満足感を得て、それに対する報いが現れないと不満を抱きます。

そしてキリスト教に対しても「苦労なしに救われるなんて、そんな虫のいい話があるわけない!」と思う人も少なくありません。でも陽の光も雨も、天の恵みというのは人間の苦労なんて関係なしに与えられますよね。同じことです。
苦労は神様から与えられるもので、人間が自分で作るべきものでもありません。与えられた苦労にはきっと意味があるでしょうが、作り出した苦労には何の意味もありません。

自分で苦労を作ってしまっている人、多いかと思います。苦労なんてわざわざ自分で作らなくても、ちゃんと必要な分は神様から与えられます。苦労が幸せをつくるわけではありません。ですから勝手な苦労は捨てること、その勇気を持つことが大切です。余計な苦労に疲弊して、すべき苦労に対処できなくなってしまったら困りますからね。気力も体力も無駄に使うことなく、温存しておきましょう。

それではまた次回。
主にありて。

MAROでした。

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横坂剛比古(MARO)

横坂剛比古(MARO)

MARO  1979年東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科、バークリー音楽大学CWP卒。 キリスト教会をはじめ、お寺や神社のサポートも行う宗教法人専門の行政書士。2020年7月よりクリスチャンプレスのディレクターに。  10万人以上のフォロワーがいるツイッターアカウント「上馬キリスト教会(@kamiumach)」の運営を行う「まじめ担当」。 著書に『聖書を読んだら哲学がわかった 〜キリスト教で解きあかす西洋哲学超入門〜』(日本実業出版)、『人生に悩んだから聖書に相談してみた』(KADOKAWA)、『キリスト教って、何なんだ?』(ダイヤモンド社)、『世界一ゆるい聖書入門』、『世界一ゆるい聖書教室』(「ふざけ担当」LEONとの共著、講談社)などがある。新著<a href="https://amzn.to/376F9aC">『ふっと心がラクになる 眠れぬ夜の聖書のことば』(大和書房)</a>2022年3月15日発売。

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