本当に大切なものは自分では作れない。【聖書からよもやま話544】

主の御名をあがめます。

皆様いかがおすごしでしょうか。MAROです。
本日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。

聖書のランダムに選ばれた章から思い浮かんだよもやま話をしようという【聖書からよもやま話】、今日は  新約聖書、ルカの福音書の13章です。よろしくどうぞ。

ルカの福音書 13章24節

「狭い門から入るように努めなさい。あなたがたに言いますが、多くの人が、入ろうとしても入れなくなるからです。

(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)

「狭き門から入れ」というのは現代で少し誤解されているように思います。世の多くの人がこの言葉を引用するとき、それは「一流企業とか、難関大学とか、そういった多くの人が望み、そこに殺到して、そこに入る倍率が非常に高いような、そんな困難な道を自分から選んだ方が人生が良くなるよ」というような意味を持ちます。しかしイエスがこの言によって伝えようとしていることは、むしろそれとは反対の意味のように僕には思えます。

つまり、多くの人が注目し、そこに入ることを望むような道ではなく、むしろ多くの人が注目せず、ひっそりと立っているような小さな門にこそ真実があるのだからそれを見つけて進みなさい、という意味です。主の救いとは、多くの人が望んでそこに殺到するようなところにはないんです。一流企業にも難関大学にも、そこに真の救いはないんです。

しかしいつかやがて、主の救いが明らかになり、その小さな門に多くの人がなだれ込む日がやってきます。ノアの方舟のときに、それまで舟を作っていたノアを馬鹿にしていた人たちは、洪水が実際にやってくると手のひらを返して「ノア、乗せてくれ」と方舟に殺到しました。しかし彼らは乗ることができずに溺れてしまいました。それと同じことがこの「狭き門」にも起こります。自分に与えられている救いの小さな門に早く気づいて、早くそこを進まなければ、いずれ望んでもそこに入れなくなるときが来ます。

これはクリスチャンの信仰にだけ言えることではありません。世の多くの成功者、とくにエポックメイキングな成功者は、まだ多くの人がそれに注目する前から自分の進むべき小さな門を見つけてそこを決然と進んでいるものです。成功しない人は世の多くの人がその門に注目し、殺到するようになってから「僕もそこにいかなくちゃ。世の流れに乗らなきゃ」と後手に回ってそこに行く故に、成功することができません。SNSやYouTubeでも、成功している人の多くは、それが人気になる前からそこにコンテンツを投入していた人たちで、それが世の注目を集めてから始めようとしても成功することはかなり難しいものです。

「狭き門から入れ」とは、激しい競争を勝ち抜いて進めという意味ではなく、自分に与えられた小さな門をみつけて、そこに決然と進みなさいという意味なのだと思います。皆さんの小さな門に豊かな祝福がありますように。

それではまた。

主にありて。
MAROでした。

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横坂剛比古(MARO)

横坂剛比古(MARO)

MARO  1979年東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科、バークリー音楽大学CWP卒。 キリスト教会をはじめ、お寺や神社のサポートも行う宗教法人専門の行政書士。2020年7月よりクリスチャンプレスのディレクターに。  10万人以上のフォロワーがいるツイッターアカウント「上馬キリスト教会(@kamiumach)」の運営を行う「まじめ担当」。 著書に『聖書を読んだら哲学がわかった 〜キリスト教で解きあかす西洋哲学超入門〜』(日本実業出版)、『人生に悩んだから聖書に相談してみた』(KADOKAWA)、『キリスト教って、何なんだ?』(ダイヤモンド社)、『世界一ゆるい聖書入門』、『世界一ゆるい聖書教室』(「ふざけ担当」LEONとの共著、講談社)などがある。新著<a href="https://amzn.to/376F9aC">『ふっと心がラクになる 眠れぬ夜の聖書のことば』(大和書房)</a>2022年3月15日発売。

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