主の御名をあがめます。
皆様いかがおすごしでしょうか。MAROです。
本日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。
聖書のランダムに選ばれた章から思い浮かんだよもやま話をしようという【聖書からよもやま話】、今日は 旧約聖書、エレミヤ書の14章です。よろしくどうぞ。
エレミヤ書 14章14節
あの預言者たちは、わたしの名によって偽りを預言している。わたしは彼らを遣わしたこともなく、彼らに命じたこともなく、語ったこともない。彼らは、偽りの幻と、空しい占いと、自分の心の幻想を、あなたがたに預言しているのだ。
(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)
今も昔も「私の言うことは神の声だ!」と主張する「怪しい教祖さま」的な人はいるものです。今から約2600年前の、エレミヤが生きた頃にもそんな人はたくさんいたようです。彼らは「この国は大丈夫だ!戦争が起こることもないし、飢饉が起こることもない!みんな安心していていいんだよ!」と、人々の耳に優しい甘い言葉を吐いて人気を得ていました。その一方で、本当に神様の声を人々に伝えて「このままじゃまずいぞ!この国は滅びてしまうぞ!」と叫び続けていたエレミヤからは「あいつは嫌なことばっかり言うから嫌いだ」と、人々は離れていったのでした。
人は自分に都合の良いことを「これこそ神様の意思だ!神様の導きだ!」と思いたがるものです。僕だってそうです。そして耳に痛いことはなるべく聞き流したり無視したりしたいものです。僕だってそうです。
中には自分の願望とか、ただの思いつきにすぎないものを、「これこそ私が神様から受け取った啓示だ!」と主張して権威づけしようとする人もいます。あるいは多くの人が望むこと「それが私たちに神様から約束された未来だよ!」と勝手に宣言する人もいます。エレミヤ書のここに記されている偽預言者はまさにこういった人たちのことです。
正直に言えば僕もこうして文章を書くとき、「できれば読む人が喜ぶこと、気が楽になることを書きたい。耳に痛いこととか苦言はなるべく書きたくない」という気持ちがあります。読む人が喜ぶことばかりを書いた方が人気も出るでしょうし、耳に痛いことばかり書いていたら読んでくれる人がいなくなるかもしれません。ですからここに出てくる偽預言者たちの気持ちも分かります。しかしだからこそ、その誘惑に負けることなく、神様の命じた通りに「みんなの耳に痛いこと」を言い続け、それで人々から嫌われようとも投げ出さなかったエレミヤのすごさを痛感しますし、その姿こそクリスチャンの手本であると思います。
十戒には「神の名をみだりに唱えてはならない」というルールがありますが、これは「勝手に神様の名前を権威づけに用いてはいけない」という意味を含んでいます。自分の勝手な考えや願望を、神様の権威を用いて広めてはいけないということです。ですから僕たちは「これは神様からの導きだ!」と思うことがあったとき、それが本当に神様からの導きなのかよく吟味する必要があります。
そしてその吟味はあくまで聖書に基づいて行われるべきです。自分の考えと聖書の間に齟齬があるのなら、間違っているのは聖書ではなく、明らかに自分の考えの方です。これをあべこべにしてしまうと、恐ろしいカルト宗教が生まれたりします。カルト教団の中には自分たちの主張や教義が聖書と矛盾するとき、自分の考えを修正するのではなく、聖書を書き換えます。あるいは自分の考えを記した教典を「聖書よりも権威のあるもの」としたりします。
いくら「私たちは正統なキリスト教です」と主張していたとしても、聖書を書き換えたり、聖書と同等あるいはそれ以上の権威を他の教典に与えているような「教会」は明らかに本当の教会ではなく、間違いなくカルト教団ですから一刻も早く離れるようにしてください。たとえば「ものみの塔」いわゆる「エホバの証人」は聖書を勝手に書き換えて『新世界訳聖書』と呼ばれる聖書と似て非なるものを用いますし、「家庭連合」いわゆる「旧統一教会」は『原理講論』という書物を事実上聖書よりも権威のあるものとして用います。
反対に、僕たちクリスチャンが自分や自分たちの願望にすぎないものに、勝手に神様の権威を用いるとき、確実にカルト化への道を進んでいるんです。それは悪魔がクリスチャンや教会に仕掛ける最大の罠とも言えるものですから、よくよく気をつけなければなりません。カルト教団には、その罠に引っかかってダークサイドに堕ちてしまった、いわば「かつては教会だったものの成れの果て」という側面もあるんです。「私たちは『まっとうな』教会だからカルトとは関係ない」とばかり言っている場合ではありません。自分たちもまたその道に堕ちないように気をつけなければいけないんです。
それではまた。
主にありて。
MAROでした。
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