明かりを消した部屋は暗く、ツリーの電飾だけが色とりどりに煌(きら)めいていた。
「綺麗(きれい)……」
そうつぶやく陶子の横顔を、ふみは飽かず見つめていた。
やっぱりこの人は和服が似合う。
こんなふうに髮を小さな髷(まげ)にして、眼鏡を外して。それだけでぜんぜん違う印象。まるで別人だわ──そう思いながら。
陶子を家に招き入れることができて、ふみは心から満足していた。それはさながら美しい蝶が窓から迷いこんできた時に感じる、あの幼い喜びに似ていた。
蝶がいつか部屋から出ていくことはわかっている。けれど、それまで、別れの時がくるまでは、その姿を心ゆくまで眺(なが)めることができるのである。
「冷めないうちに召し上がってください」
ふみが勧めて初めて、陶子はテーブルのココアに気づいたらしかった。
「電気つけましょうか」
「いいえ。このままで」
「暗いほうが綺麗ですものね」
カップを手に、陶子はオーナメントのひとつひとつを夢中で見つめている。
「ええ、本当に。どれもみんな、とっても素敵ですね。可愛いらしくて。夢があって。トナカイにサンタ。天使の衣裳の美しいこと……」
「ありあわせの端布(はぎれ)なんですよ」
陶子が驚いたようにふみを振り返った。
「桐原さんがお作りになったんですか」
「はい」
「これを、みんな?」
「自己流ですけど」
「作り方を教えていただけませんか」
「人様に教えてさしあげるようなものじゃありませんわ」
これまでもツリーを見た人から、同じような申し出を何度も受けた。それで用意をして待っていると、やがて体裁のいい断りを聞くはめとなる。そうした社交辞令に何度も悲しい思いをしたふみは、臆病になっていた。相手が陶子ではなおさらである。
「ご迷惑でなかったら。本当にお願いしたいんです。私、もともと手芸は好きで、こういう小物を作ってみたいとずっと思っていました。自分のものだけではなくて、教会ではこれからの時季、たくさんのクリスマス会もありますし、プレゼントにぴったりです。お忙しいとは思いますが、お時間のあるときに、ぜひ。あの、失礼かと思いますが、教えていただけるなら、謝礼はさせていただきます」
陶子が本気であることはその表情からも窺(うかが)えたが、謝礼の心配までするからには社交辞令ではないだろう。すっかり嬉しくなったふみは、声が弾(はず)んでいるのが自分でもわかった。
「わかりました。お教えしますわ」
「ありがとうございます」
陶子の顔は輝いていた。
「その代わりといっては何ですが、もしご無理でなければ、うちのお琴のお披露目(ひろめ)会で踊っていただくことはできませんか」
「お琴のお披露目会?」
「来年の春。まだ先のことなんですけど……」
「桐原さん、お琴の先生でいらっしゃるんですか」
「いいえ。昔、夫の祖母がお琴を教えていたんです。私は見よう見まね。その頃のお弟子さんたちがお琴の先生になられて、年に一度この家でお披露目会が開かれるんです。昔からの恒例行事になっていて、楽しみにしておられる方もいらっしゃるので、祖母が亡くなったあとも続けています。もしそのとき踊っていただけたら、どんなにいいだろうかと……」
ふと思いついたのだったが、いったん口にしてみると、それはすばらしいアイディアであるとふみには思われた。
「日取りは決まっているんですか」
「いいえ、まだ。もし踊っていただけるなら、合わせますけど。あの、もしかして……踊っていただけるんですか」
「私でよかったら」
感激のあまり、ふみは少女のように両手を胸に組んだ。
「夢のようです。ありがとうございます」
「私こそ、ありがとうございます。これで安心してオーナメントを教えていただけます」
陶子はにっこりとほほ笑んだ。(つづく)