トラウマセンターでのチャプレンの働きが始まった。初日は上司について回る「シャドーイング」だ。控室で待っているとすぐにポケベルが鳴った。急いで上司とともに緊急の処置室に走っていく。重厚な扉を開けると大きな患者のベッド、さまざまな延命処置の器具、そして医師、看護師、放射線技師、薬剤師など15名のチームがスタンバイしている。それぞれが医療用手袋をし、緊急の処置に備える。
そして、チャプレンもそのチームの一員となる。しかし、こちらには傷口を処置する薬や器具など何も持っていない。運ばれてくる患者がいきなり、チャプレンに聖書の話や祈りを求めてくるとはとうてい思えない。だとしたらなぜ、命をつなぎ止めるこの場にチャプレンが呼ばれるのか……。何とも言えない場違い感と緊張で手に汗を握る。そんな中、バタンと処置室の扉がけたたましく開き、救急隊員たちがストレッチャーを押しながら駆け込んでくる。
(まだ少年じゃないか!)……。ストレッチャーの上には顔面を真っ赤に染まった包帯で巻かれた、まだあどけない顔の10代の少年が寝かされている。救急隊が叫ぶ。「患者の名前はマット(仮名)。15歳、白人、男性。家で友人と口論になり、ピストルで顔面を撃たれた。意識なし……薬物、飲酒の有無は不明! 父親に連絡を入れたので、もうすぐ到着する予定!」
私は見たこともない光景、そして聞いたこともない状況に頭が真っ白になった。何をどう理解し、何をどう考えていいか分からない。当然、何をしたら良いのかなど分かるはずもない。そんな中、目の前の医師たちは淡々と手を動かし始めた。包帯を外し、顕になった傷口を処置し、レントゲンで脳の状況をスキャン。極めて冷静に、淡々と少年の体に生命維持装置を装着していく。そこに感情の揺れがまったくと言っていいほど見られない。
そして、この生と死のギリギリの境界線上で、チャプレンは無力どころか、一瞬で野戦病院のような状況と化したこの場では、いるだけで邪魔なのだ。人1人分のスペースを奪い、次々に運び込まれてくる医療機器の侵入経路を塞ぐ邪魔者でしかない。「この場所にいたくない……私などいてはいけない……」。心がそう叫んでいた。
再び処置室の扉がけたたましく開いた。「俺の息子はどこだ!」職場から駆けつけた父親だ。30代とまだ若い。顔と目を真っ赤にして全身を震わせながら、我が子を見つけると父親は叫んだ。「息子は、息子は助かるのか!」「今、非常に危険な状態です。チームで最善を尽くしています」
冷静に答える主治医が、次の瞬間、上司のチャプレンにアイコンタクトを送る。言葉はないが明確なシグナルだった。「父親を頼みます」。上司が動き出した。「お父さん、ゆっくり息を吸って。そして息を吐いて……。もう一度息を吸って……そして吐いて……」。患者の父親はチャプレンの言葉の通り息を吸い、そしてゆっくりと吐き出す。「もう一度息を吸って……そして吐いて……」「ハッハッハッ」と、それまでの浅く速い呼吸が、少しずつ収まってくる。
急激なトラウマを負ったのは少年だけではない。この父親も、この上ない心理的トラウマを受けている。息子の顔が銃で撃たれたなど、誰も理解できるはずがない。ましてや命の危機にあるなど、受け止められるわけがないのだ。だからこそ、チャプレンはその心理状況を理解し、トラウマインフォームドケア理論に基づいたケアを提供する。それは、この上なく大事なケアである。
一発の銃弾で傷ついたのは少年の肉体だけではない。家族、コミュニティ、医療従事者、彼とつながり関わっているすべての人々が危機に直面しているのだ。だからこそ、チャプレンはその危機に駆けつけ、トラウマセンターの処置室に呼ばれ、そこに立つのである。
すると、上司のチャプレンが「カズ、急いでコップに水を入れて持ってきてくれ!」と言った。この絶望の中で何が起こるのか、何も見えない。しかし、私は給水所に水を取りに走り出した。
(後半に続く)
*個人情報保護のためエピソードはすべて再構成されています。