アメリカ・ミネアポリスに渡り約1年。運営がギリギリの教会を立て直し、また病院のレベルワントラウマセンターで働く中で寝汗が止まらなくなり病院を受診すると、「急性の適応障害」と診断された。私はセラピーに通い出したのだが、催眠療法についで私がセラピストに教えられたのは「Eye Movement Desensitization and Reprocessing(EMDR)」だった。日本語に訳するなら「眼球運動による脱感作と再処理療法」である。
1989年にアメリカでFrancine Shapiroという臨床心理学者が発表した、治療効果が立証されているセラピーの方法である。彼女はある日、眼球を左右に動かすことにより、自身の感情が和らぐことを発見した。それをPTSDで苦しむ患者たちにも有効であることに気がついた。ベトナム戦争の帰還兵たちのトラウマが大きな社会問題になっていた時代であった。
EMDRは、トラウマ記憶が脳の中で「処理されないまま凍りついた状態」になっているという理解に基づいている。左右の眼球運動や身体のリズム刺激を加えることで、脳の情報処理が再び動き出し、過去の記憶が現在の安全な文脈の中で再整理される。その結果、同じ記憶を思い出しても、感情の強さが次第に弱まっていくのである。
この日、私はセラピストにEMDRから発展したバタフライタッピングというセルフケア方法を教えてもらった。セラピストに「あなたが病院で一番緊張するのどのような場面ですか?」と尋ねられる。私が病院でチャプレンとして働く中で一番神経が沸き立つほどのストレスを感じるのが、夜間にトラウマセンターに呼ばれる時だ。扉を開けた向こうに、銃撃、交通事故で傷ついた患者、また泣き叫ぶ家族がいるかもしれない。そのような凄惨な状況に入って行くのが怖いのだ。
また日本人であり、英語が第二言語である自分が、臨終の祈りをし、現地のアメリカ人家族が集まっている空間に入って行く時に、自分で務まるのか、相手はアジア人のチャプレンを歓迎しないのではないかと萎縮してしまい、背中と手の平に脂汗が流れるのだ。セラピストに導かれ、目を閉じ、そのような場面を思い浮かべる。自分が冷たく重いトラウマセンターの前に立っている。扉の向こうから生命維持装置の音が聞こえる。緊張がクライマックスになり、足がブルブルと震え出す。だが、ここで静かに胸の前で手をクロスさせ蝶をつくる。そして静かに右、左とタップさせる。ゆっくり、ゆっくりと、蝶が飛びあがろうとするように。そして、そのリズムにゆっくりと呼吸を合わせる。

すると、自分の中から声が聞こえてくるのだ。「大丈夫、大丈夫……」。ゆっくり、ゆっくりと手の平を激しく暴れようとする心臓の上で蝶のように羽ばたかせる。すると声が聞こえてくるのだ。「大丈夫、大丈夫、あなたなら大丈夫だから」。上司や同僚から受けてきた言葉がこだましてくるのだ。2分くらいバタフライタッピングをすると、こわばっていた顔、首、肩の筋肉がほぐれ、息がしやすくなっていることに気がついた。
今まで味わったことのない不思議な静けさを感じた。「あなたはきっと大丈夫。今度病院でケアに行く前に自分でやってみてください」とセラピストに言われたが、それでも半信半疑だった。そしていざ再び、そのような場面が起きた。夜中の3時半にトラウマセンターに呼ばれた。扉の向こうにはどのような状況が待っているか分からない。苦しむ患者さんや家族のために急いで中に入るべきだ。けれども足を止める。小さく口から息を吐き出し、大きく鼻から息を吸う。そして緊張で高鳴る心臓の上で蝶を作り、それを左右にゆっくり羽ばたかせる。すると内なる声が聞こえるのだ。
「大丈夫、大丈夫、あなたなら大丈夫だから」。息が安心して吸える。足はすくまず、足のすべての指が床をとらえている感覚。不安はもちろんなくなったわけではない。だが、不思議なことに安心感が不安よりも大きいことがはっきりと分かる。そして私はもう一度、トラウマセンターに入っていくのであった。
*個人情報保護のため病院の規則に従いエピソードはすべて再構成されています。
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