「前と同じなんてごめんだぜ」 【関野和寛のチャプレン奮闘記】第20回

アメリカに着いてから最初の約4カ月間、私はチャプレンとして病棟に立つことが一切できなかった。日本での安定した生活や地位を捨ててまでアメリカに再びやってきたのは、牧師として、チャプレンとしてこの国で働き、最先端の知識と技能を身につけるためである。牧師の働きには少しずつ慣れてきたが、チャプレンとしての活動が一切できない状況が私を焦らせた。

そんな中、日本の知人や関係者から連絡がくる。
「元気ですか? チャプレン、がんばってますか?」
「前と同じ病院で働くんですか?」

このような言葉が私を焦らせ、不快にさせた。みな純粋に私を心配し、応援してくれているのだろうが、抱え込んだ焦りや将来への不確定さ、自分の器の小ささが、それらの善意の言葉を棘へと変えてしまう。

特に「前と同じ病院で働くんですか?」という言葉が嫌でたまらなかった。前と同じでいいはずがないからだ。そもそも前と同じ病院に戻ること自体がものすごくハードルが高い。アメリカ経済は一部上向きだが、経済弱者も激増している。そのような人々は健康を害しやすい環境に追いやられている現状がある。そして、そんな状況の人々が高額な医療費を払うことができずに病院の経営が逼迫する。その中でチャプレン部門の予算やポストは病院から削減されていくのだ。チャプレン界では人種や宗教の多様性を求める運動があるが、マイノリティのチャプレンが実際に働き口を見つけることは非常に困難なのだ。しかし、環境や状況のせいにして、言い訳をしていても何も始まらない。

持って行き場のない苛立ちの中で誰かが言う「前と同じ」が、私は非常に不愉快でたまらなかった。「前と同じ」は自分の中でも収まりがいいし、すでに知っている多くのことが安心をくれる。だが私は「前と同じ」「みんなと同じ」という概念に必死で抗って生きてきた。必要以上に過剰反応し、苦しみ続けてきた。「同じ」という概念が私を窒息させるからだ。

だが、それよりも私には目の前の教会を建て直すことが最優先事項だった。そんな中、災害事故が起きた。記録的な大雨がミネソタを襲い、私の教会が雨漏りを起こし始めたのである。しかも、ただの雨漏りではない。築60年以上の古い倉庫を改装して造った教会の建物。屋根や壁のリペアがこれまでほとんどされておらず、建物全体が傷んでいるのだ。

ある日曜日の朝、教会のドアを開けると、礼拝堂が水浸しになっていた。歩くと、古いカーペットがビシャビシャと音を立てる。礼拝堂、人々が座る椅子の周り、牧師として立つ説教壇の周り、すべてがぐしゃぐしゃになっているのだ。バケツを置いたり、バスタオルを敷いたりするようなレベルではない。建物全体に水が染み込んでいて、壁や床全体が湿り切っている。これを直すには大きな資金が必要であり、ましてやコロナパンデミックの間にほとんどの会員がいなくなってしまった教会のマンパワーでは修復は不可能に近い。

チャプレンをやるどころか、その前に与えられた教会を維持することさえできない。そんな極めて厳しい現実が私の目の前に突きつけられた。

「どうやってこの屋根を直せばいいんだろうか?」

答えのない苦しい現実を嘲笑うかのように、夏の太陽が私の教会を照りつける。びしゃびしゃに濡れたカーペット、そして染み込んだ壁の木材にカビが生えて、礼拝堂中にカビの臭いが充満するようになった。教会はキリストの体。キリストの希望と慰めの香りがあふれ出す場所だ。でも、私の教会、いやキリストの体は今はそうではなかった。

ボロボロに痛み切り、古びて、カビの匂いが充満していて、未来が見えない、そんなキリストの体になっていたのだ。しかし、私はこの悩みのどん底でどこか嬉しくなってきた。牧師18年目にして、また信仰の原点に戻れたからだ。「信じるしかない」「祈るしかない」「キリストしかいない」。シンプルかつこの上なく純粋なスタート地点に、もう一度戻ってこれたのだ。

小さくてボロボロの礼拝堂、カビの匂いが立ち込める。しかし、これこそ神の匂いだ。イエスが生まれた場所、イエスが横たわった場所、パウロが牢につながれた場所、そこにはこの世界の逆境のすべてを凌駕する光の香りが立ち込めたのである。そう思うと、なんだか不思議な豊かささえ感じられる。みんなで信じて、祈り、そして全力で神の言葉を分かち合う。インターネットを通して礼拝配信をし、メッセージを伝えることで、アメリカ国内、そして日本からも多くの人々が私たちの教会のために献金を送ってくれた。教会本部からも資金を借りることができた。

建物も組織もまだ完全な復活とはいかない。けれども痛めつけられたキリストの身体、十字架のキリストは必ず復活する。私は今そのど真ん中にいる。倒れたキリストと共に立ち上がる、今がまさにその瞬間だ。

「前と同じ」になんてなるはずがない。

*個人情報保護のためエピソードはすべて再構成されています。

円安時代のアメリカンドリーム 【関野和寛のチャプレン奮闘記】第19回

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