5月22日より神田・岩波ホールで上映されている『ペトルーニャに祝福を』(テオナ・ストゥルガル・ミテフスカ監督)が話題を集めている。
主人公は、北マケドニア(旧ユーゴスラビア)の小さな町に暮らす32歳の女性、ペトルーニャ。大学をオールAで卒業するものの仕事に就けず、未だ実家暮らしでウェイトレスのアルバイトをしている。
ある日、母親がツテで見つけてきたという就職試験では、面接官からセクハラを受けた挙句に不採用。最悪な気分で帰途に着いたペトルーニャは、東方正教会で受け継がれる儀式「神現祭(しんげんさい)」に遭遇した。神現祭とは、毎年1月にイイスス・ハリストス(イエス・キリスト)の洗礼を記念して行われる女人禁制の祝祭で、司祭が海や川に投げ込んだ十字架を最初に見つけた者は祝福を受けるとされている。
群衆から逃れるように川沿いへ出たペトルーニャは、目の前に流れてきた十字架を見て思わず川へ飛び込み、十字架を掴み取ってしまう。男性信徒らに囲まれ、抗議の声が上がる中、ペトルーニャは隙を見て十字架を手に逃亡した。
教会にとってこれは、前代未聞のありえない事態だ。警察署長まで駆け付ける大騒動になり、やがてペトルーニャは警察へ連行されてしまう。
「なぜ、十字架を返さなくてはいけないの?」
「私には、幸せになる権利はないの?」
しかし、このペトルーニャの問いに、司祭も警察官も明確な答えを出すことができない。
その裏側では、テレビ局の女性リポーター、スラビツァが「女性が十字架を取るのは問題ですか? 違法性は?」と懸命に取材を続けていた。
本作は、北マケドニアの町、シュティプで2014年に実際に起きた出来事をもとに描かれた物語だ。このとき、十字架を掴み取った女性は住民や教会関係者の反感を買い、「狂っている」「精神障害がある」など誹謗中傷の的になったという。
モラハラ&セクハラ面接官をはじめ、劇中でペトルーニャが受ける数々屈辱のは見ていて胸が苦しくなるほどだ。十字架を奪われた男性信徒らが、集団でペトルーニャに暴力をふるい、罵倒し、唾を吐きかける様子に絶句し、「クリスチャンとして生きるとは・・・」と自問自答してしまう。
一方で、冒頭では人生に絶望し、何もかも諦めているようにさえ見えたペトルーニャが何にも一切屈することなく、やがて「私には価値がある!」と自由と自信を得ていく姿には、喝采を送りたくなる。
世界中でジェンダーギャップ(男女格差)が深刻な問題として取り上げられる昨今、日本においても政治家の性差別発言が問題になるなど他人事ではない。「慣習だから」「男性だから」「女性だから」・・・教会や職場、学校、家庭など、あなたの身近にも同じような事例はないだろうか。
劇中で十字架を取ることが男性にしか認められていない理由を尋ねられ、「それが伝統だから」と言った司祭に対して、スラビツァはこう言い放った。
「伝統への固執は、進歩を妨げます」
本作は2019年のベルリン国際映画祭のコンペティション部門でプレミア上映され、「エキュメニカル審査員賞」を獲得した。ちなみに、現在も東欧の小さな町ごとに行われている「神現祭」では、一部ではあるが、女性参加が認められているという。
本作のラストシーンでペトルーニャは、ちょっと意外な選択をする。結末は、ぜひ劇場で。
『ペトルーニャに祝福を』
監督:テオナ・ストゥルガル・ミテフスカ
脚本:エルマ・タタラギッチ、テオナ・ストゥルガル・ミテフスカ
出演:ゾリツァ・ヌシェヴァ、ラビナ・ミテフスカ
2019年/北マケドニア・フランス・ベルギー・クロアチア・スロヴェニア合作/
マケドニア語/シネスコ/5.1ch/100分/英題:God exists,her neme is Petrunya
後援:駐日北マケドニア共和国大使館
提供:ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:https://petrunya-movie.com/
岩波ホールほか、全国順次公開予定