6月23日「神から賜物をいただいている」

人はそれぞれ神から賜物をいただいているのですから、人によって生き方が違います。(コリントの信徒への手紙I 7章7節)

コリント教会では、キリスト教の倫理について意見が混乱していた。その一つが、結婚、独身、離婚についてであった。これに答えるパウロの結婚観は主イエスの教えに基づいている。結婚は一夫一婦でおのおのあり、夫と妻は平等で、各々の役割を担い合うパートナーである。主イエスの教えは当時の社会において革新的であり、今日の人権思想の源流である。

しかし、パウロは結婚を絶対化しない。主に仕えるためには自分のように独身のほうがよいとさえ言う。結婚も独身も神の賜物であり、人によって生き方が違ってよい。また、夫婦は信仰者であることが望ましいという理由で、未信者の夫や妻と離縁しようとすることに、彼は反対する。一人の信者を通して家族に救いと祝福がもたらされるからである。ただし、パウロは自分の考えと断わった上で、「信者でない相手が離れていくなら、去るに任せなさい」(15節)と言う。その理由は、「平和な生活を送るようにと、神はあなたがたを召された」からである。平和な生活とは神の国に生かされる平和であり、これはだれからも妨げられてはならない。

キリスト教の倫理は、信仰者を同じ形にはめ込もうとして、はみ出す者を裁く律法主義ではない。主イエスが離婚を戒めるのは、「あなたがた夫婦は神に結び合わされた」という神の祝福に基づいている。キリスト教の倫理は、神の国の祝福に生きる倫理である。それゆえに、神の国の祝福に生きるという視点から、パウロが言うように、離婚も状況によって起こりうる、ゆるされる事柄である。

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