大統領罷免の決定と韓国のキリスト教界 李 相勲 【この世界の片隅から】

4月4日に韓国のインスタグラムやXなどのソーシャルメディア上では、麺類の上にネギをおいた「ネギ麺」の写真の掲載が相次いだ。韓国語でネギ麺は「パミョン」と発音する。

4日におけるこの流行は、ネギ麺の発音や綴りが「罷免」を意味する「パミョン」と同じであることを利用した言葉遊びであり、同日に韓国の尹錫悦大統領の罷免を憲法裁判所が決定したことに歓迎の意を表すためのものであった。

日本でも大きく報道されていたが、4月4日に韓国の憲法裁判所は、戒厳令や軍の国会への投入は「重大な違法行為」であるとし、8人の判事全員の一致で尹大統領の罷免を決定した。昨年12月3日に尹大統領によって非常戒厳が宣布されてから123日目のことであった。

8年前に朴槿恵大統領の罷免が決定された際には暴力沙汰が生じて死傷者が出たこともあり、今回も暴力行為の発生が懸念されていたが、決定直後に大きな衝突は起きなかった。しかし罷免の決定が下されるまでに長い期間が経過していたこともあり、韓国ではこの間、尹大統領の弾刻をめぐって支持・不支持の両陣営に分かれての対立が激化し、社会の分断が深まった。

韓国のキリスト教界においては、罷免の決定がなされるやいなや、4日付でいくつかの教団・団体が立場表明を出している。それらは、ニュアンスの違いはあるものの、すべて今回の決定を受容する内容となっている。なかには、社会の分断の克服を訴える内容のものもある。韓国基督教教会協議会(NCCK)の立場表明では、憲法裁判所の決定は、「民主主義と法治主義を回復する歴史的決定」であると歓迎すると共に、分裂と葛藤を乗り越えるべきことが訴えられた。また、保守的傾向の強い教団である大韓イエス教長老会(合同)も、「この判決が国民すべての痛みと傷を癒やす転換点となることを願う」とし、教会は「分裂を助長する言動ではなく、和解と愛を実践する信仰の共同体となるべき」ことを訴えた。

一方、声明文の中には、嘘と暴力の扇動に同調し、キリスト教の社会的信頼を損なわせたとして極右キリスト教勢力を批判したものも少なくない。そのような批判が向けられた一人に、サラン第一教会の全光焄牧師がいる。韓国では野党が大勝した2024年4月の国会議員選挙をめぐって「不正選挙陰謀論」が流布され、それを尹大統領が信じたことが非常戒厳宣布の一つの要因となったが、全牧師は非常戒厳の宣布前からユーチューブ放送や集会を通して不正選挙などを訴えたほか、宣布後は弾劾反対集会を開催して尹大統領を擁護した。全牧師は罷免決定後の5日にもソウルの光化門広場において集会を開催したが、同集会では「詐欺弾劾は無効」「憲法裁判所を解体せよ」との声が上がった。

6日には、罷免決定後における最初の主日を迎えるということで、各教会でなされる礼拝説教の内容に注目が集まっていた。同主日の礼拝説教や祈りにおいては、対立を乗り越えた和解の必要性を訴えるものや次期大統領選のために祈ることを求めるものが多かったようである。戒厳司令官であった朴安洙陸軍参謀総長が信徒として所属する汝矣島純福音教会の李永勲牧師は、説教では罷免に触れることはなかったが、前日の5日付で発表した文章において、葛藤と分裂を乗り越え、赦しと和解によって傷を癒やし、国民間の一致をなしとげなければならないと訴えた。

一方、大統領弾劾に反対する保守的キリスト教団体のセイブ・コリア(SAVE KOREA)に参加する牧師たちの礼拝説教の中には、陰謀論を訴えると共に、今回の憲法裁判所の決定は不当であるとするものも見受けられた。

韓国では、罷免決定から2カ月後の今年6月3日に大統領選挙が実施されることになっているが、それに向けて分断・対立状況がどのように変化していくのか、また韓国のキリスト教界がどのような役割をその中で担っていくのかについて見守っていきたい。

李 相勲
 い・さんふん 1972年京都生まれの在日コリアン3世。ニューヨーク・ユニオン神学校修士課程および延世大学博士課程修了、博士(神学)。在日大韓基督教会総会事務局幹事などを経て、現在、名古屋学院大学国際文化学部教員。専門は宣教学。

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