近年、香港は逃亡犯条例改正反対運動、コロナパンデミック、国家安全維持法、企業閉鎖の波を経て、社会に哀感が漂っているのは疑いようもない。この感情は、香港人が世界各地へ離散する移住先にもつきまとうようにして漂っている。そうした中で、イギリスに移住した香港人クリスチャン・コミュニティは現地に根を下ろし、自らのキリスト教文化と認識を持ち込むことで、イギリス現地のキリスト教文化に新たな息吹をもたらしている。
しかし、イギリスへ移住した香港人が必ずしも現地の白人教会文化に適応できるわけでも、現地教派の教義を受け入れるわけでもないため、多くの香港人クリスチャン信徒リーダーは自分たちの教会設立をしたいと願っている。この数年で多くの独立した香港人教会が誕生しただけでなく、香港の教会がイギリスに枝教会を建てる動きも見られる。例えば香港の九カオルーン龍にある「サドルバック教会・香港会堂」の李志剛牧師は、多くの香港人クリスチャンがイギリスのマンチェスターに定住している状況を鑑み、ロンドンとマンチェスターの二都市に枝教会を設立することを決定した。興味深いのは、アメリカ・カリフォルニア州にある親教会のサドルバック教会が子教会である
香港会堂に決定を委ね、香港会堂が自らの資金でイギリスの枝教会の運営をしている点だ。また、イギリスの香港人教会がさまざまなリソースに不足しているため、香港の建道神学院や中国神学研究院といった神学校が、イギリス移住信徒向けの講座や修養会を開催し、霊的なケアを提供している。
BNO(British National Overseas/英国海外市民)のパスポートによる移民ルートによりイギリスの華人教会は大幅に成長したが、それは同時に香港内の教会が移民の波による信徒流出という打撃を受けていることも意味している。李志剛牧師は、彼の教会の信徒の3分の1が国外へ移住したと述べているが、これは筆者が香港で観察した状況とも一致している。中規模から大規模な教会や中産階級の多い教会では類似した傾向が見られ、小規模教会ではさらに顕著である可能性がある。香港に留まることを選んだ多くの信徒にとって、家族や友人、会員が一人また一人と離れていく様子を見ることは、マイナスの感情を引き起こす。これは、去っていく人々に対する感情にとどまらず、数年間で社会も教会も大きな衝撃を受けた香港という自らのなじみ深い故郷への喪失感が背景にある。また政府への不満だけでなく、去って行った人々がこの街を良くするために十分に尽くしていないという思いもある。
イギリスに移住する人も香港に留まる人も、この数年間の生活が幸福とは言い難い状況にある。イギリス生活と香港生活のどちらが良いかを必要以上に議論することは状況改善の助けにはならず、むしろキリスト者としての私たちの喜びと平安の源が神にあることを見失うことにもなる(詩編104編34節、ヨハネによる福音書14章27節)。華人社会では心理的健康が軽視されがちで、カウンセラーを訪れる人は精神病であると見なされることが多く、保守的なキリスト者は、そうした人々が神に呪われている可能性があるとさえ考える。
こうした状況の中で、香港人の牧者たちは、教会員たちのさまざまな痛みを解き放ち、悲しむ者と共に歩むことを学ぶ必要がある。同時に、牧者自身も新移民として新たな国においてさまざまな感情を抱えながら、牧会、生活費の工面、心や魂の健康に対応し、自身と家族に大きな負担を抱えている。 海外移住の旅路において、失望や不安は避けられない。それに加え、諸々の政治的理由で香港を離れてイギリスに移住した多くの香港人キリスト者たちは、自分たちが育った香港の街が悪化していく様子を海外から見ながらも、何もできない無力感を抱えている。この世の大きな流れが人々を落胆させる中で、私たちは神の民としてできることは、キリストの心をもって隣人を愛し、弱き者を助け、神の教えを守り実践することを、接触可能な範囲のコミュニティから始めることだ。たとえ小さな火花であっても、大きな炎を引き起こすことができる。暗闇の中で、主の美しさを光のように証しする存在となれるよう願ってやまない。
(原文=中国語、翻訳=松谷曄介)
*写真は「涙の日常」(原題=催淚日常):海外を拠点にする香港人の社会活動家Ricker Choiによるアート作品(2023年)
カリダ・チュウ 香港出身の神学者。ノッティンガム大学の神学・宗教学部講師。アメリカのフラー神学校で修士号、イギリスのエディンバラ大学神学部で博士号取得。同大学神学部講師を経て、2022年から現職。主な研究テーマは、1997年の香港返還以後の公共神学