飯謙氏、「聖書協会共同訳」について語る(4)

 

聖書事業懇談会が4月10日、大阪クリスチャンセンター(大阪市中央区)のOCCホールで開かれた。そこで、12月刊行予定の「聖書協会共同訳」についての講演を、翻訳者・編集委員である飯謙(いい・けん)氏(神戸女学院大学総合文化学科教授)が行った。その内容を連載でお届けする。

飯謙氏=2017年7月、広島での新翻訳聖書セミナーで

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(3)「聖書協会共同訳」とスコポス理論

そこで、今回の翻訳の良質な点について述べます。

新翻訳事業では、基本方針として「スコポス理論」を採用しました。「スコポス」とはギリシア語で「目的」「目標」「役割」といった意味合いで、新約聖書では、「目標(スコポス)を目指して走る」(フィリピ3:14)が唯一の用例です。

この理論は、長く宣教師を務め、後にオランダ・アムステルダム自由大学神学部教授となったローレンス・デ・フリスによって立てられました。これは「形式的対応」や「動的等価」を否定する第3の法則といった堅固な方法論ではないといいます。

私なりに言い換えると、聖書の66文書における1365章、3万7000節を、それぞれの個性に応じた方法で、さらに言えば、それぞれの文脈にふさわしい仕方で翻訳するということです。「中央集権ではない地方分権」に喩(たと)えてもよいかもしれません。そのためには、原語、原文、置かれた文脈が生きる訳文が望まれます。

今回の翻訳事業では、18の教派や団体による諮問会議が2009年10月6日に「翻訳方針前文」を採択し、これが12月4日の理事会決議でオーソライズ(公認)されました。私なりに要約しますと、次のようになります。

①すべての教会が使用することを目指す。

②礼拝で用いる。

③常用漢字表に準拠するなど、義務教育終了者の日本語力を基準とする。

④言語や文化の変化に対応し、その将来にわたる日本語・日本文化の形成に貢献できることを目指す。

⑤聖書学、翻訳学など、学的な成果に基づき、原典に忠実な翻訳を目指す。そのため、最新の校訂本を使用する。

⑥聖書全体の統一性を保つ。従来の協会訳を参考にして、適切な訳語を得る。

⑦異読や地理や文化的背景を説明する注、引照聖句、小見出し、巻末解説、地図や年表など、本文以外にも考え、読者のニーズに応ずる努力をなす。

この方針に参加した18の教派や団体は、日本のキリスト者人口の4分の3以上にあたるとのことです。学校の勤務者(神戸女学院大学)として付言すると、わが国のプロテスタント学校の多くが加盟するキリスト教学校教育同盟には、100を超える学校法人、78の大学・短大をはじめ、専門学校、小中高の計276校に、学生・生徒・児童が34万5000人が学んでいます。日本カトリック学校連合会にも34大学・短大をはじめ、小中高を合わせ260校。生徒・学生数など詳細は存じ上げませんが、プロテスタントとそれほど変わらないと思います。その大半が「新共同訳聖書」を使っており、数年のうちに新翻訳に移行することが期待されます。これらの学校に連なる生徒・学生の大半はキリスト者ではありませんから、合わせて70万に近い人、したがって、この聖書を手に取る人は、日本のキリスト者総数に7割ほど加算された数字ということになります。

翻訳の実務については、まず原語担当者が一定量翻訳をすると、それを日本語担当者がチェックする。私は詩書を担当しました。比較的早い時期に、まとまった量を翻訳して提出しましたが、日本語担当者と一部の訳文について話し合い、意見を聞き入れるうちに、結局、全体を訳し直すことになってしまいました。

日本語担当の先生と向かい合ってチェック作業をすると、1日に数節ほどしか進みません。かなり慎重な作業でした。こうして、原語担当者と日本語担当者が互いにチェックしながら翻訳作業を進めました。ここが個人訳と委員会訳との大きな違いです。一人の思い込みによる訳文は避けられるということです。

原語担当者は聖書学専攻の人があたりますが、日本語担当者は、歌人、詩人、日本文学の研究者、日本語学者などで、非常に厳しい日本語観をお持ちの方々でした。数年かかって分担分の最後まで翻訳した原稿を、その翻訳に関わらなかった原語・日本語担当者が独自の視点からチェックし、そのチェックをもとに最初の担当者と話し合って、その段階の原稿を完成させていきます。

こうして聖書各書の翻訳作業が進行していきます。さらに、全体の訳語をチェックする編集委員会が定期的に開催され、議論の多い言葉について調整を行い、その原稿を朗読チェックにかけます。この段階では、聞いて分かるか、熟語や漢語、同音異義語が識別できるかなどの検討を経て、訳文の意図とは別のことがイメージされてしまいかねないテクストをあぶりだしていく。その後、編集委員会や外部モニター、パイロット版の読者による提言を受けます。

この間、編集委員会で検討を行って、①文語表現、②敬語表現、③接続詞の取り扱い、④いろいろな書に点在する引用なども含め、各種訳語の統一を図ることを申し合わせました。聖書の伝統として、神の固有名詞である神聖四文字(通例「ヤハウェ」と読むと考える)については、議論はありましたが、「わが主」と訳すこととし、一般的な「主」(アドーナイ)と区別しました。

このようにして改訂を重ね、本文を確定していきます。個人訳とは異なる多層的なプロセスを経て、原典に忠実でありつつ、よりよい日本語の聖書が生み出されます。個人的には、かなりの思い入れをもって提案した訳文が覆され、今でも残念な気持ちでいる箇所もありますが、それは自分の論文に記すこととしました。(続く

 






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