【映画評】 重力に逆らうマイノリティ 『ウィキッド ふたりの魔女』

 母親の不貞の結果生まれた、緑の肌のエルファバは父親からも周囲からも疎まれ、将来の希望もなく育つ。しかし妹に付き添って足を踏み入れたシズ大学で魔法の才能を見出され、特別に入学を許可される。そこで同室となったグリンダは裕福な家庭出身の、皆から愛されて育った人気者。正反対の〝ふたり〟は当然のように衝突するが、次第に互いを認め合い、友情を育むようになる。けれどエメラルドシティに招かれ、オズの魔法使いと出会ったことで、別々の道を歩むことになる。

『ウィキッド ふたりの魔女』は『オズの魔法使い』の前日譚となるミュージカル映画2部作の1作目。ドロシーが退治した「西の悪い魔女」ことエルファバと、ドロシーを導いた「北の善い魔女」ことグリンダの学生時代を描く。迫害される動物たちを守るために立ち上がったエルファバを一方的に悪魔化し、その死を喜んで盛大に祝うオズの民衆が、トランプをアメリカ合衆国大統領に迎え、多様性政策の廃止に歓喜する保守系マジョリティの姿と重なって見えた。本作のアメリカでの公開は2024年11月、トランプが大統領選に勝利した時期と重なる。奇しくもその後のアメリカの激変ぶりを予見するような物語となっている。

この映画は物事を多面的に見ることを繰り返し強調する。エルファバは本当に「悪い魔女」なのか。グリンダは本当に「善い魔女」なのか。オズの魔法使いは本当に「偉大」なのか。そして、いかにも軽薄そうなフィエロ王子は本当にただの「遊び人」なのか。その見方は「正解」を安易に出さない、単純な二項対立に持ち込まない、忍耐して本質を見極めようとする姿勢を要求する。ネガティブ・ケイパビリティとも言われるその姿勢は、安易で分かりやすい答えを求めがちな現代人にこそ必要ではないか。

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本作はマイノリティが忌み嫌われ、悪魔化され、社会から排除されるプロセスを描いた映画でもある。言葉を喋る動物たちが直面する事態がそれだ。シズ大学で教鞭をとるディラモンド教授は山羊であるが故に教職を追われ、次第に言葉を奪われる。「言葉を奪われる」のはマイノリティが直面する深刻な抑圧の一つであり、自身が置かれた不当な状況を言語化できなかったり、言葉にできても聞いてもらえなかったりする。そして、およそ現実的でないデマを広められて排除されてしまう。ディラモンド教授が連行された後に登場する、檻に入れられたあの動物は、まさに排除され、危険な存在として晒されるマイノリティの象徴だろう。

エリファバとグリンダの関係は、マイノリティとアライ(支援者)の関係でもある。終盤にグリンダはある重大な決断を迫られるが、即答できず躊躇する。それは、アライだからこそ許される猶予だ。一方、当事者であるエルファバに迷ったり躊躇したりする暇はない。そのようにグリンダが選択できる立場にあり、最終的に身を引いてマジョリティの暮らしに戻ることもできるのが、エルファバとの決定的な違いだろう。そこにマイノリティとアライの、埋め難い溝がある。

その点で、エルファバが飛び立つシーンはふたりの友情が最も試される場面であり、だからこそその関係がシスターフッドへ昇華するクライマックスでもある。エルファバが重力に逆らって飛びながら熱唱する「ディファイング・グラヴィティ(直訳すると重力に逆らうの意)」は、マイノリティとして戦う宣言であると同時に、グリンダへの信頼の告白のように聞こえる。

続編となる2作目(アメリカで2025年11月公開予定)では、エリファバのその後はもちろん、グリンダが「北の善い魔女」と呼ばれるようになる経緯も描かれるという。ふたりのシスターフッドの結末に注目したい。

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本作は車椅子ユーザーの俳優やスタッフを積極的に採用しており(ネッサローズ演じるマリッサ・ボーディは実生活でも車椅子を使っている)、そのため撮影現場を完全にバリアフリー化したという。また、ユニバーサルが新たに立ち上げた「グリーナーライト・プログラム」を初めて適用した作品でもあり、現場でのフードロス削減や素材の再利用、再生エネルギーの使用など、サステナブルな映画制作を推進した。DEIを目の敵にし、パリ協定からも離脱したトランプ大統領の政策とは真逆のこのアクションが今後も発展し、アメリカの良心を示し続けることを願ってやまない。

(ライター 河島文成)

『ウィキッド ふたりの魔女』
2025年3月7日(金)より、全国ロードショー!
公式サイト:https://wicked-movie.jp/
配給:東宝東和

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