フランスのパリ中心部にある世界遺産であり、カトリックのパリ大司教座聖堂であるノートルダム大聖堂が大規模な火災に見舞われてから、15日(日本時間16日)で1カ月が経った。
大聖堂は1163年に着工し、1345年に完成した代表的なゴシック建築だが、19世紀に造られた高さ90メートル余りの尖塔や、木造の屋根の大部分が焼け落ちる大きな被害が出た。現在は天井に覆いがかけられ、壁面のステンドグラスも多くが取り外されて、崩壊を防ぐための補強工事が行われている。
全焼ではなく、祭壇の十字架やステンドグラスのバラ窓は崩壊から免れ、巨大なパイプオルガンも放水で一部損傷しただけ。ファサードも残り、聖遺物の一つ「いばらの冠」や国王ルイ9世が着用していたチュニックなど、貴重な文化財や美術品も大部分は運び出された。聖堂内の絵画は、修復のためにルーブル美術館に移送され、崩落した尖塔の先端につけられた銅製の風見鶏の像も奇跡的に少しの損傷程度で見つかっている。
マクロン仏大統領は火災の数日後、2024年開催のパリ五輪に間に合うよう、修復工事を5年以内に完了させると表明。そして、早期再建に向けて寄付金の税控除などを定めた法案が10日、フランス国民議会(下院)で可決された。
ただこの法案には、修復工事を迅速化するため、大聖堂を保護する手続きを廃止する内容があることから、「歴史芸術に手を加えるな」、「大統領が再建を急ぐのは、自分の手柄にしたいから」など、論議は大荒れになった。世論調査でも、国民の7割以上が法案に反対している。
結局、下院は与党「共和国前進」が過半数を占めるため、13時間に及ぶ議論の末、賛成32票、反対5票、棄権10票で法案は承認された。27日から上院で審議が行われる。
その修復に対して、これまで寄付されたり、寄付が表明されたりした金額の合計は約10億ユーロ(約1240億円)。ただ、カトリック教会パリ大司教区のミシェル・オペティ大司教は15日、「寄付金の大半は、まだ実現に至っていない」と声明で述べた。
マクロン大統領は「われわれはより美しい大聖堂を造る」と表明し、フランス政府は先月、尖塔部分などのデザインを国際コンペで公募する方針を示した。すると、フランスを中心に世界中の建築家やデザイナーがインターネット上に次々とデザインを提案し、フランスの日刊紙「ル・パリジャン」が5日、その人気投票の結果を発表した。3位は、屋根や尖塔をガラス張りにして「緑の温室」を作るスタジオNABの案。2位は、屋根を全面ステンドグラスにし、夜には鮮やかな色彩の大聖堂が暗闇に浮かび上がるアレクサンドル・ファントージ氏のもの。そして1位は、「光あれ」という聖句にヒントを得た、光だけで塔を演出するクリストフ・パンゲ氏のデザイン。その他にも、ガラス屋根と太陽光発電システム、屋上菜園を備えたグリーン建築というビンセント・カレボー建築事務所の斬新な案もあった。
これに対し、地元メディアが今月、約1000人を対象に行った世論調査では、「火災前の姿への忠実な復元を」と答えた人が55%、「新たなデザインを支持する」と答えた人が44%と、真っ二つに意見が割れた。また、国内外の建築家や専門家1100人以上が先月末、連名公開書簡で「拙速に再建案を決めるべきではなく、次世代の人々のために時間をかけた修復期間を持ってほしい」とマクロン大統領に苦言を呈した。
ユネスコの諮問機関「イコモス」の会長も、「世界遺産としての価値が損なわれかねない」と懸念を示す。大聖堂を含むセーヌ川一帯は1991年、世界文化遺産に登録されたが、修復後も世界遺産であり続けるには、建造時の状態を保つ真正性、つまりオリジナルに忠実かどうかがが大前提となる。ドイツのドレスデン・エルベ渓谷のように、登録後にヴァルトシュレスヒェン橋が新設されて景観が変わり、抹消された例もある。
ところで、日本政府も再建支援を表明しており、日産自動車もフランスのルノーと提携していることから、再建のために10万ユーロ(約1250万円)を寄付することを決定した。
地方でも、大聖堂のステンドグラス修復にと、静岡県掛川市にあるステンドグラス美術館が募金活動を始めた。500万円を目標に、来年3月末まで受け付ける。
同美術館の象徴となっている、聖母マリアの生涯を描いた9枚の「バラ窓」が、大聖堂のバラ窓と同じ伝統的な技法を駆使した19世紀の修復技術が用いられるなど、共通点があることから、再建に協力することになった。