9回目となるイスラーム映画祭が、例年通り東京・名古屋・神戸にて開催される。今回はアルジェリア・シリア・レバノンからカザフスタン・インドまで10カ国・地域の計12作品が上映される。コロナ禍が収束へ向かい始めた途端の急激な円安進行と格闘がつづく主宰者・藤本高之さんに話を聞いた。
パレスチナのある村を唐突に襲った民族浄化、世に言う〝ナクバ〟(アラビア語で大災厄)。父により納屋へ隠され、状況不明のまま外へ出られず、暗闇で生き凌ぐ時間の重さ。イスラエル建国に伴う1948年の歴史的災厄を、将来の夢膨らむ快活少女と抑圧的な父という家族景を突き崩す濁流へとミクロに落とし込むヨルダン傑作映画『ファルハ』。名優アシュラフ・バルフムの父役も見どころの本作は、現下の中東情勢を鑑みても今回最大の注目作といえるだろう。
東京での本作上映回では、昨今メディア露出の機会も増えたアラブ文学研究の岡真理氏が例年通りトークセッションへ登壇するため、チケットは争奪戦となる見込みだ。
ちなみに欧米作品においては保守的かつ権威主義的で狡猾という、いかにもステロタイプなイスラーム教徒のアラブ人役での出演作が多いバルフムだが、実際にはガリラヤ近郊のアラブ=クリスチャン家庭の出身で、ハイファ大学の演劇専攻を卒業している。ユダヤvsイスラームの雑な構図で報じられがちな今般のガザ紛争ひとつをとっても、みる眼の解像度を上げる稀少機会として本映画祭参加は有効だ。
一方『炎のアンダルシア』は、イスラーム王朝である12世紀末ムワヒッド朝下のスペイン南部を舞台とする歴史大作だ。大学者で大法官のアヴェロエス(イブン・ルシュド)が登場する本作では、哲学者の魂とイスラーム過激思想とが衝突するなか迫る焚書の危機が描かれ、その総体が制作国エジプトの現代史風刺ともなっている。なお本作の135分尺は今回の全12作中において最長で、ほとんどの作品が75分~90分台に収まることも第9回の大きな特徴だ。主宰者・藤本さんによればこの構成は、円安に伴う上映権高騰から開催期日の縮小をやむなくされたなかで、上映本数を確保しつつトークセッションを充実させる意図が働いた結果という。ハリウッド商業作でさえ3時間超えが増えた昨今の潮流下ではしかし、かえってこの座組を潔くまた歓迎する観客は少なくないだろう。
フランスの多国籍化した大都市郊外を舞台とする映画は近年〝バンリュー映画(Le cinéma de banlieue)〟と呼ばれ、日本でも毎年数作が公開される一大ジャンルと化したが、今回上映される1995年作『憎しみ』は、このバンリュー映画がブーム化するきっかけとなった傑作だ。同じフランス映画で、チェチェン難民の少女を救うべく奮闘する同級生らのレジスタンスを描く『ハンズ・アップ!』や、ドイツに暮らすトルコ移民2世の女性たちが抱える文化的アイデンティティの葛藤を軽快に描く『辛口ソースのハンス一丁』を併せて鑑賞することで、欧州におけるイスラーム系移民の直面する諸問題を実感ベースで疑似体験できるだろう。これら三作のトークセッションでは陣野俊史(フランス文学)、森千香子(社会学/レイシズム研究)、渋谷哲也(比較文化学/ドイツ映画)といずれも脂の乗り切った研究者各氏が登壇する点も刺激的だ。
ここ数年のイスラーム映画祭では、過去回人気作のアンコール上映も定番化したが、開催日数を絞った今回は12本すべてが本映画祭における初上映作品となる。なかでもアサド政権下での被害者10万人に及ぶ強制失踪という人道犯罪へ肉薄するドキュメンタリー『アユニ/私の目、愛しい人』と、アルジェのハマム(浴場)を舞台とする女性スタッフのみで撮影された『私は今も、密かに煙草を吸っている』は、いずれも日本初上映となる点でも注目だ。ちなみに後者は本国アルジェリアでは上映できず、監督ライハーナはフランスへ亡命済みであり、上映機会として世界標準でも貴重である。
今日イスラーム映画祭の名は、東京で開催される無数の映画祭企画の中でも定番化し、周知度の高い企画として十分な定着をみせている。2017年の第2回イスラーム映画祭以来、弊紙では7年にわたり各回で重ねてきたが、藤本さんはその当初から「第10回開催」を大目標に掲げてきた。メディアに注目され各回満席となった序盤から、日本映画界の低迷を経てコロナ禍、円安とその道筋は決して平坦ではなかったものの、第9回実現により所期の目標達成まであと一歩へとついに迫った。
また恒例のリーフレット出版は今年もある。全作解説と各専門家エッセイからなる今回は全40頁、6万字の内容をもつ。映画本編は言うまでもなく、トークセッションやリーフレットを通じて多くの識者らの知に触れることで、またイスラーム映画祭のSNSアカウントで日頃から大量に紹介されるイスラーム関連書籍の幾つかを手に取ることで、日常的には縁遠く感じる国・地域の文化的豊穣とその奥深さを知った少なくない人間の、筆者もまた一人である。里程標であり記念となる来年は、規模の拡大を視野に入れているという。今後も楽しみだ。
(ライター 藤本徹)
《イスラーム映画祭9》
公式サイト:http://islamicff.com/index.html
・渋谷ユーロライブ 2024年3月16日(土)、17日(日)、23日(土)、24日(日)
・ナゴヤキネマ・ノイ 会期未定
・神戸・元町映画館 2024年4月27日(土)~5月3日(金)
【関連過去記事】
【本稿筆者による上映作品および言及関連作品ツイート】
『ファルハ』“Farha”🇯🇴🇸🇦🇸🇪2021
村を襲う突如の暴力。父により納屋へ隠され、外の状況不明のまま出られず生き凌ぐ時間。
イスラエル建国に伴う1948年のパレスチナ大災厄(ナクバ)を、将来の夢膨らむ快活少女と抑圧的な父という家族景を突き崩す濁流として描く意欲作。娘の面影に“Sofia”↓も想起され。 https://t.co/FSVVFgvE6G pic.twitter.com/fuyORkFzG2
— pherim (@pherim) January 19, 2023
『辛口ソースのハンス一丁』
在独トルコ系移民2世の女性が婿探しに奔走するドタバタコメディ。個の幸福と家族の因習との衝突という定番。自らの欲望の在り処に主人公がずっと無自覚な展開は平板ながら意外に本作の核心かも。アテネフランセEU特集。https://t.co/mBg4B2XCti— pherim (@pherim) August 16, 2016
パリ郊外の“貧困区”へ焦点化した映画、即ちフランス「郊外映画」の系譜を以下ツリー形式で幾つかまとめる。
コロナ禍に考慮し、なるべく動画サイト等で観られるものから。
まず『12か月の未来図』。監督オリヴィエ・アヤシュ=ヴィダルは本作のため当地中学へ2年通ったとか。https://t.co/cSacE1tPWe
— pherim (@pherim) March 1, 2020
『ある歌い女の思い出』“صمت القصور”🇹🇳
チュニジア王宮最後の日々を女中として生きた母娘描く、トゥラートリ監督1994年作。
独立運動から反王制へのうねりを背景に、母娘は時を隔てて望まれぬ妊娠など同じ隘路へ嵌まりゆく。
世界へ抗う歌唱場面の強さは“USvsBillie”以上。https://t.co/06RAfbXNdh pic.twitter.com/nhu7tWvpNY
— pherim (@pherim) February 19, 2022
《イスラーム映画祭8》@islamicff上映全作スレッド始めます。
2/18~GW東京/名古屋/神戸の順で開催。
今年は明る目トーンが基調、パレスチナ傑作文学の映画化作、アラブの春後のチュニジア作、🇫🇷郊外映画初登場、ラバキー/サミラ・マフマルバフもやるよ!
🇱🇧3/🇯🇴/🇸🇾/🇮🇷/🇹🇳2/🇲🇦2/🇹🇷🇧🇬/🇫🇷2/🇰🇷14作上映 https://t.co/0KVPlxNIG5 pic.twitter.com/JCXOpztsJL
— pherim (@pherim) February 10, 2023
イスラーム映画祭7 @islamicff
初期の連日大入り旋風から、コロナ禍の苦難へ。
主催者インタビューも6回目に。
末尾に長大なイスラーム映画記事list付記しました。→https://t.co/JOUBnOfFIq独立独歩の歩み、すでに唯一無二ですね。
第6回の上映全作スレッド引用RTします↓https://t.co/CgPLpvjSqf pic.twitter.com/SFmw2UJfRp— pherim (@pherim) February 18, 2022