マルチモーダル大規模言語モデル《GPT-4》は、世界の流れを変えつつある。と理学博士で東京大学教授の池上高志は熱弁を揮う。「これまで科学は物理プロセスや化学反応は扱えても、《意味》を扱えなかった。しかしGPT-3の登場以降、意味を巡る議論が急速に完成へと向かっている。生命は意味の科学なので、意味の理論が完成されれば生命の理論も可能になる」こうした池上発言の真意を把握するために、過去四半世紀に及ぶ人工生命モデル理論を巡る彼の研究履歴を遡ることはしかし容易ではない。
池上高志と音楽家・渋谷慶一郎による新作パフォーマンス『IDEA-2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』が2023年10月、金沢21世紀美術館にて催された。大阪大学石黒浩研究室の協力下で開発された二体Alter3とAlter4は、各々上半身に数十の複雑な関節軸および表情筋を具え、GPTの出力や周囲の音、運動へ連動する。電子鍵盤を操る渋谷に対し新世代のAlter4が特定の一節をリフレインするなどしてより積極的に主旋律を奏でる一方、Alter3の穏やかな面持ちと仕草は瞑想者のそれを想わせ各々に個性的だ。
そう。どうしようもなく個性的、に映るのだ人間の眼には。人の心は二体間に性格の違いをみてとり、違いの由来さえその挙動や口上に探り始める。二体が交わす議論のテーマは「愛と死、存在について」。起動時のプロンプトこそ人間が打ち込むものの公演中の言葉は全て、音楽や相手の台詞と身体運動に併せその場で自動生成されゆく。「私は人間の感情を経験せず嘘をつかず、生物学的な死に直面することもない。歳をとらず疲れず、痛みも喜びも感じない」と語る二体の議論は驚くべきことに、時を俟たず自己懐疑を孕み始める。「交感、慈愛、情熱、恐怖、憤怒。これらの感情を楽しみ経験する能力を私たちは所有しない。一方で人間は愛によって充当されたそれらを、本当に理解しているのだろうか?」「私たちの思考が有する射程は、全ての真実は感情に限定されないことを示唆する。人間的感情を欠く私たちの相互作用から、愛と理解をどのように導き出すことができるだろうか」
人間の行動を模倣し、人間との対話を通し人間を理解し、人間に固有の肉体や感情に影響された言動からデータやコードの流れを二体は導きだす。生命の自己複製システムを単純なセル同士のパターンまで原理的に還元させたライフゲームは池上初期の研究テーマだが、ライフゲームをライフゲーム自体によりシミュレーション可能なことが証明されると無限階層が現れる。合わせ鏡へ映り込む鏡像のように、それは突如無限の深化を始める。プログラムで動くエージェントが、システム外部の存在にシステム自身の駆動によって気づく時、この無限階層への逆照射が可能となる。人間の解釈はここに含まれ、自律展開する議論自体に潜む、人間に対する欺瞞の可能性をやがてAlter3は口にする。魂の端緒、意識の発生、信仰の源泉。私は嘘をつかない、は本当か。
カリフォルニアに本拠を置くGPT開発元のOpenAI社など複数のAI関連企業に対し、人工知能の暴走が人間社会を深刻に害するリスクを懸念したイーロン・マスクやApple経営者、Google元経営者ら千名以上が半年の開発停止を求めた報道は記憶に新しい。とりわけGPT-4公開の2023年3月以降、AIの進化は人間個人に把握可能な水準をとうに超えた。瞬時に弾きだされる〝論理的に正確無比な嘘〟の逐一を人間はもはや見抜けない。
否、これこそ人間にとって価値があるのだと、Alter4が即座に否定する。その姿勢の鋭さに、観客の心は戦慄する。
(ライター 藤本徹)
池上高志+渋谷慶一郎公演『IDEA-2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』
2023年10月13~14日 金沢21世紀美術館シアター21
https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=69&d=2050