日本のキリスト教会おける「トランプ・カルト」の影響についてはまだまだ情報不足だが、本紙の読者からこのテーマに関連して以下のような情報提供があった(以下要約)。
「『トランプ・カルト』にはまっている人が教会にいます。ワクチン接種もしないでと言います。礼拝や祈祷会も最近は欠席が多くなりました。理由は教会員の間にワクチン接種が進んでいるからと。その人によればワクチンを接種するとコロナ感染者になり、他の人に感染させるからだそうです。善と悪の二元論的思考で、アメリカ大統領選挙における陰謀説を本気で信じています。かつてオウム真理教が衆院選挙で大敗した時に弄した陰謀論などを伝えても聞く耳を持ってくれません」
このような人に対して、どのように接したらよいのだろうか。
前回も紹介した『トランプ・カルト』の著者スティーブン・ハッサンによれば、トランプ大統領(当時)のウソの証拠は私たちの周りにあふれているので、他のカルト問題に比べて「トランプ・カルト」の問題はずっと容易であるように見えるが、それは大間違いだ。トランプ信者は、SNSや政治的あるいはキリスト教的右派による非常に強力なマインドコントロール下にある。そういう彼らに対して明白な証拠に基づいて批判しても、それは彼らを直ちに防衛的にし、教え込みを逆に強化し彼らの心を閉ざしてしまう。
したがって他のカルト対策と同様、まずもって重要なことは間違いの指摘や批判ではなく、尊敬と温和さと誠実さをもって振る舞うこと、「私は純粋にあなたのことを心配している」と相手に感じさせるようにすることである。
重要なのは、勝ち負けを前提とした議論ではなく、コミュニケーションの土台となる信頼関係を維持することで、その土台の上で次のような質問を投げかけてほしいとハッサンは言う。「教えてください。どうしてドナルド・トランプにそんなに強く共感するようになったのですか? あなたを惹きつけたのは何ですか? 彼が大統領になるのにふさわしいとあなたに思わせるのは何ですか?」 その答えを十分に聞き、彼らの立場になって理解することからすべては始まる。
私たちは、人類がかつて経験したことのないむき出しの情報の荒波に日々さらされている。体力に自信があり「若い人は重症化しない」といった医学的根拠のない言説に従いワクチン接種をせず、コロナに罹患してしまったアスリートが、酸素吸入器なしには生きられない状態になった病床から「ぜひワクチン接種を!」と訴えるツイート。「ワクチンを推進して死人が増えた方が儲かるから推進しておられるんですよね」「魂を金に支配されている人間が、一人でも殺して儲けたいというのが透けて丸見えですよ」といった反ワクチン派のツイート。世界的著名人による扇動的な発言も、ソース不明なフェイクニュースも同じ画面のタイムラインに流れてくる。そうした相反するむき出しの情報を前に、私たちに問われるのは高度な情報リテラシーである。
したがって、「トランプ・カルト」への対策を説くハッサンの著書もこのリテラシーの勧めで結ばれている。「(SNSにより情報の)シェアがとても簡単になりました。 あなたはそれを他の人にシェアする前に、完全な記事を読んでソースをチェックしてください。 他の誰かが何かをシェアしている場合、別の情報源でその話を裏付けることができるかどうかを確認してください」。先述した信頼関係の構築も、この当たり前の作業を「トランプ・カルト」の信者と共になすためなのである。
川島堅二(東北学院大学教授)
かわしま・けんじ 1958年東京生まれ。東京神学大学、東京大学大学院、ドイツ・キール大学で神学、宗教学を学ぶ。博士(文学)、日本基督教団正教師。10年間の牧会生活を経て、恵泉女学園大学教授・学長・法人理事、農村伝道神学校教師などを歴任。