林鄭月娥(りんてい・げつが、キャリー・ラム)行政長官は4日、香港の抗議デモのきっかけとなった「逃亡犯条例」改正案の正式な撤回を表明した。
同法案の完全撤回は、デモ参加者が掲げる5大要求の一つ。ほかに「暴動」認定の撤回、デモ参加者の釈放、当局による暴力の調査、普通選挙実現がある。
香港は1997年に中国へ返還されるまでは英国の植民地だったため、返還後も、表向きは中国共産党からの干渉がないとされる高度な自治権を持つ地域「特別行政区」だ。現在、約750万人が暮らしており、うち中国人は92%を占める。
戦後、中国が建国され、共産党政府による圧制を嫌った大量の難民が自由を求めて香港に流入した。その後、1989年の天安門事件で、民主化を求めてデモに集まった人々が中国の軍隊によって虐殺されたことを見て、香港住民の不信はますます強まったとされる。
今春から香港で審議されている「逃亡犯条例」改正案が制定されると、中国政府に批判的な人物が中国本土へ引き渡されるのではないかという懸念がぬぐえないため、抗議デモが3カ月も続いていた。
香港では今、普通直接選挙は行われていない。そうした中で、中国政府の意に沿わない民主化を推進しようとする人物を選ぶことのできない現状に反発した学生たちが、2014年に「雨傘運動」という、総参加者約120万人に及ぶ反政府デモを起こした。警察による催涙ガスなどから身を守るため、デモ参加者が傘をさして対抗したのだ。
このように中国政府による干渉が強まれば強まるほど、民主化を求める声は大きくなる。今年6月9日には主催者発表で103万人、16日には200万人がデモに参加した。
香港の民主団体「デモシスト」の幹部で、日本語で香港デモへの支持を呼びかけていた「学生の女神」周庭(アグネス・チョウ)氏(22)と黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏(22)が8月30日、「政府が許可していない活動に参加するよう他人を煽動した」などとして警察に逮捕、起訴され、同日、保釈された。周氏はカトリックで(黄氏はルーテル派)、次のように述べている。
「社会運動への参加は、私の宗教の影響を受けています。幼い頃、父は私を教会に連れて行ってくれました。抑圧されている人々や、弱くて助けを必要としている人々について、私たちは学ぶ必要があります。キリスト教だけでなくどの宗教でも、助けを必要とする人と弱い人を気にかけることを学ぶ必要があるというのが基本です。それが、私が人々を気にかける理由なのです。
香港にいる多くのクリスチャンは社会を大事にしています。この運動の初めに、多くのクリスチャン参加者が『主にハレルヤ』(Sing Hallelujah To The Lord、日本バプテスト連盟『新生讃美歌』35番「主を賛美しよう」)を歌いました。たとえば、警察が抗議を止めようとした時や、私たちを批判している人がいる時、いつも『主にハレルヤ』を歌います。全員ではありませんが、参加者の多くはクリスチャンです。
中国政府は信教の自由を抑圧し続けており、プロテスタントやカトリックだけでなく、さまざまな宗教も抑圧されています。香港では今、信教の自由がありますが、将来的にますます深刻になる中国政府の干渉で、香港の信教の自由も影響を受ける可能性があります」(Religion Unplugged)
香港政府トップの林鄭行政長官(62)が、非公式に「辞任」に言及していたことも明らかになり、3日の記者会見では林鄭氏はこれを否定しなかったが、実は林鄭氏もカトリック。カトリックの女子校である聖フランシス・カノッサ・スクールと同カレッジで初等および中等教育を13年間受け、その近くのカトリック教会のミサに毎週日曜日、通っていた。今も重要な政治の事案に関しては、カトリック司教に定期的に相談しているという。
菊地功(きくち・いさお)カトリック東京大司教はブログで次のように述べている。
「香港には知人や友人が大勢いるので、メールでさまざまな情報が伝わってきています。非常に心配です。香港教区の湯枢機卿は、香港の方々と香港政府と北京政府の間の緊張関係の中で、なんとか事態を平和裏に終結させようと、日々仲介の努力をされています。北京政府は、香港の人々に現在保障されている権利や自由をあからさまに侵害したり、さまざまな手法を持って制限したり、また暴力的に弾圧することなく、平和裏に共存する道を選ぶように賢明な判断をされることを心から望みます」(「司教の日記」9月2日)
南京条約(1842年)で清が英国に香港を割譲した前年に、香港でキリスト教会が誕生した。約48万人(6%)がプロテスタント、約38万人(5%)がカトリック(香港政府「香港のファクト──宗教と習慣」2016年)。