【断片から見た世界】『告白』を読む 内なる呼び声

アウグスティヌスの「惨めさ」について

司教アンブロシウスのもとでキリスト教についての学びを進めつつあったアウグスティヌスの心に、大きな衝撃を与える出来事が起こります。

「そういうわけで、あの日、わたしはなんとみじめであったことか。そしてあなたは、わたしにみじめさを感じさせるために、どのようになさったことか……。」

この「出来事」がアウグスティヌスにもたらした衝撃を理解するためには、私たちはこの時期の彼が置かれてい状況について見てみる必要があります。今回の記事では、この点に関して少し詳しく見てみることにします。

世俗における「成功」

この頃のアウグスティヌスはある意味で、矛盾しているともいうべき生活を送っていました。すなわち、彼は友人たちと共に真理の探求に打ち込む一方で、より大きな名誉を求めて修辞学の教師としての成功を追求し続けていたのです。

もともと、ローマの市長の斡旋によって職を得て、ミラノにやって来ていたアウグスティヌスには、自然と高い地位にある人々との間にコネクションを築き上げてゆく環境が与えられていました。知性が鋭く、言葉の才能にも恵まれていた彼は、教師としての成功を手にしつつ、さらに高い地位を求めて着々と準備を進めてゆきます。

そんな中、アウグスティヌスには、人々の面前で時の皇帝に賛辞を述べる機会が与えられることになります。

ローマ皇帝といえば形式上は帝国の最高権力者ですから、この務めは、修辞学の教師としても世間的な意味で最大級の栄誉を意味するものであったと言うことができるでしょう。ちなみに、当時の皇帝はヴァレンティニアヌス2世という、15歳になるかならないかといった年齢の少年でした。次回に詳しく見る「出来事」が起こったのはこのように、青年アウグスティヌスがこの世での成功の階段を急ピッチで上りつつある、まさにその時期のことだったと言うことができそうです。

Innsbruck Austria, night city skyline at historic old town of Herzog Friedrich Street

「内なる呼び声」は、人間の意志に反してまでも呼ぶ

問い:
「真理」ではなく「名声」を追い求めることで、心はどこに向かってゆくのか?

「わたしは学問を楽しんでわけではなく、ただ人々の気に入ることを求めていた」と、アウグスティヌスはこの時期のことを回想しています。彼は人々からもてはやされるために、自分自身の能力を用いていました。すでに述べたように、当時の皇帝はまだほんの少年に過ぎませんでしたが、彼はその皇帝の「素晴らしい人徳」をほめちぎろうとしていました。そして、その賛辞に対して「素晴らしい賛辞だった!」と応答する用意のある人々もまた、彼の身辺にはあふれかえっていたのです。

世間や社交の場においてほめる、ほめられるというのはある種独特な行為で、「周りからほめられているから、さらにほめられる」という特異な力の、あるいは権威の構造のただ中で実践されます。だからこそ、名声の獲得に奔走する人々はアウグスティヌス自身の言葉を借りるならば、「多くの虚言を語り、虚言を語りながら人々の気に入ること」を追い求めざるをえません。真理の探求に乗り出していたはずの青年アウグスティヌスもまた、気がついてみると、宮廷と社交界が作り出す終わりのない虚栄のゲームに飲み込まれつつあったと言うことができるかもしれません。

興味深いのは、アウグスティヌスを真理の探求から引き離しかねないものであったこの社交界における成功が、皮肉にも、彼を決定的な仕方で「名声の追求」から遠ざける機縁になったことです。すなわち、彼はこの成功の過程のただ中で、かえって「自分の人生はこれでよいのか?」という疑問に次第に取り憑かれるようになってゆきます。自分自身の生き方への疑いの念は、当人の思惑にも逆らうような形で湧き上がってきて、当人の実存そのものを問いかけの対象にします。人間の「良心」は、その人自身よりも深い所からその人自身の生き方を問いただし、「真実な人間として、応答せよ!」と迫ってきます。「内なる呼び声」は真実な幸福とは何であるかということを私たち以上に知っているからこそ、時には私たち自身の意志に反してまでも、私たち自身に語りかけてこずにはいないのです。アウグスティヌスはこれからこの「呼び声」の語りかけに対して、「呼びかけられた人間」として応答してゆかなければなりません。

おわりに

「当時、わたしの魂はなんと惨めであったことか」とアウグスティヌスは『告白』の中でこの時期のことを振り返っていますが、ひょっとしたら、自分自身の抱えている「惨めさ」に正面から向き合うことこそ、人間が本当の意味で幸福な生を生きるために最も必要なことであるという側面もあるのかもしれません。次回の記事では、青年アウグスティヌスが経験した「出来事」の内実を見てみることにしたいと思います。

[この一週間が、平和で穏やかなものであらんことを……!]

 






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