11月23日「わたしの声を聞き分ける」

わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。(ヨハネによる福音書10章27節)

長く外国に支配されたユダヤ人たちは、イスラエルを解放するメシア(救い主)を神に期待していた。そこに主イエスが現れて、神を父と呼び、「わたしと父とは一つである」と言ったので、本当にメシアかどうかが問題となった。彼らは「この人は大工の息子ではないか」、「律法を守らない罪人の仲間だ」と言って否定し、最後は「神を冒涜(ぼうとく)している」と言って退けた。

主イエスは、人々が先入観を捨てて、ご自分の語る言葉と人々を解放する業を見ることを求めた。それでも人々が信じないのは、「わたしの羊ではないからである」(26節)と言って、主イエスは今日の聖句を語った。聖書を通し、説教を通して主イエスの声を聞き分ける人たちは幸いである。

「わたしは良い羊飼いである」(14節)と宣言する主イエスは、ご自分の声を聞き分ける人たちを「自分の羊」(14節)と言う。そして、「わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない」(28節)と約束する。「決して滅びず」とは、もはや死は滅びではなく、永遠に向かう始まりであるということである。「だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない」とは、悲しみや苦しみが襲っても、また死の陰の谷を行く時も、主の手は彼らを決して放さないということである。パウロは言った。「わたしは確信しています。死も、命も、...他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです」(ローマ8・38〜39)。

内藤淳一郎

内藤淳一郎

西南学院大学神学部卒業後、日本バプテスト連盟の教会で牧会、鹿児島大学哲学科のカトリックの神学の学びから、鹿児島ラ・サール高校でも教える。日本バプテスト連盟宣教室主事、日本バプテスト連盟常務理事を8年間務める。

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