2月12日「心から出て来るので、これこそ人を汚す」

ロから出て来るものは、心から出て来るので、これこそ人を汚す。悪意、殺意、姦淫(かんいん)、みだらな行い、盗み、偽証、悪ロなどは、心から出て来るからである。(マタイによる福音書15章18〜19節)

エルサレムから来た律法学者たちは、主イエスの弟子たちが手を洗わないと言って非難した。当時、ユダヤでは、浄、不浄の規定があり、手を洗うのは不浄なものに接触した体を清める宗教行為であった。その他にも、食物の浄、不浄の規定など、律法を守るためのさまざまな言い伝え(定め)があって、これを守らない者は罪人として社会から閉め出された。主イエスはその日暮しのために宗教的な定めを厳格に守れない人々と食事をし、交わられた。

主イエスは、「この民は口先ではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている」というイザヤの言葉を引いて、言い伝えにこだわり、神の言葉を無にしている律法学者たちの偽善を指摘した。そして、今日の聖句によって、人間にも食物にも、浄、不浄の区別はなく、人の心の中から出て来るものが人を汚すのだ、と喝破(かっぱ)した。主イエスは心から出てくるものが人を汚すのだと言って、人間の心の根っこにあるものを問題にしたのである。それは神の言葉よりも自分の主張を優先する罪であり、自分の欲望を押し通そうとするエゴイズムである。これが他者を汚し、傷つける。私たちの心の中を探られる神の前で、他者を傷つける罪を認め、心から悔い改めるなら、神は主イエスを通して私たちの罪を赦(ゆる)してくださる。そして、聖霊によって私たちの心に神の愛を注ぎ、「喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」(ガラテヤ5・22〜23)という御霊(みたま)の実を結んでくださる。

 

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