神さまが共におられる神秘(52)稲川圭三

 

イエスさまの愛を使って愛する

2016年4月24日 復活節第5主日
(典礼歴C年に合わせ3年前の説教の再録)
あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。
ヨハネ13:31~33a、34~35

「最後の晩餐」が行われた広間から「ユダが出て行くと、イエスは言われた」(ヨハネ13:31)。イエスが亡くなられる前の晩のことでした。

イエスに、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と言われたので(27節)、ユダは出て行きました。それは「夜であった」と書かれています(30節)。

ユダは、イエスを裏切って祭司長たちに引き渡すために出て行きました。この時から、イエスが十字架の上で死なれるという歩みが確定し、決定的に動き始めました。

その時、イエスさまが、「今や、人の子は栄光を受けた」とおっしゃいます(31節)。「栄光」という言葉は、その人や物事の本質が明らかにされることを指します。つまり、十字架の上で死なれる時、イエスさまの本質が明らかになり、あらわにされるとおっしゃっているのです。

イエスさまの本質とは何でしょうか。イエスさまはご生涯のすべてを通して、ご自分のうちに神がおられ、人間のうちにも神がおられるということを、言葉と力あるわざを通して表されました。ただ、依然としてその真実は人間の目には隠れていました。

しかし、「十字架の死と復活」を通して、この真実をはっきりと表してくださいました。これが、「今や、人の子は栄光を受けた」という言葉の意味だと思います。

今日の箇所はそれほど長くないのですが、とても分かりにくいかもしれません。そこで皆さんに、今日の福音の全体を表す「地図」をお渡しします。

前半は、「人の子イエス」と「父である神さま」の関係です。後半は、「イエス」と「弟子たち(人間)」の関係です。

前半には「栄光」という言葉が4回登場します。後半には「愛」という言葉が4回登場します。そして、その前半と後半をつなげるキーワードが「聖霊」です。これが今日の福音の全体の地図です。

イエスさまは、「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」と言われます(34節)。

でも、「互いに愛し合う」という掟は何も新しくないんです。旧約の最も大切な掟は、「神を愛し、隣人を自分のように愛する」(マルコ12・28~34参照)ということで、昔からあります。

では、イエスさまが「新しい掟」とおっしゃっているのは、なぜなのでしょうか。それは、その掟の守り方の新しさなのです。

「(わたしがあなたがたを愛した)ように」という言葉は、ギリシア語で「カトース」という単語が使われています。「根拠」「理由」「原因」を表す言葉なので、ここはかなりはっきりした表現です。「わたしがあなたがたを愛した『その愛で』、『その愛を使って』、あなたがたも互いに愛し合いなさい」。ここに新しさがあります。

人間は本当には、人を自分のように愛することができないのです。しかし、そのことをおできになるのがイエスさまです。その愛を、父である神さまが「聖霊」というかたちで注ぐから、その愛を使って愛し合うように……。

「人を色眼鏡で見る」という言い方がありますが、そうではなく、「人をイエスさまの目で見る」ということです。それは、私たち人間の目には決してそういうふうに見えなくても、その人の中に神さまのいのちがあることを見るまなざしです。

古い人間に留まるなら、私たちは相手の中に悪いところや嫌なところ、「あの人、何とかならないのかな」と思うようなところしか見られません。私たちが人の悪いところや自分の悪いところしか見えないで、苦しみのサイクルに入ってしまうことをイエスさまは知っておられます。だから、そんなところから抜け出して生きるようにと、ご自分のいのちを注いでくださいます。それが聖霊です。

その時、「互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる」と言っておられます(35節)。

つまり、あなたがたの中で生きて愛を働かせているのがイエスさまだということが明らかになるのです。その時、イエスさまは私たちを通して栄光をお受けになります。これが今日の福音の全体図です。

「あなたがたに新しい掟を与える」。その新しさとは、その掟を守ることのできる「いのちそのもの」を私たちに与えてくださるということです。そして、そのイエスさまのいのちを使って互いに愛し合うように、という掟の新しさなのです。

タラントンを使わずに土の中に隠してしまうのは「ダメ」って言われたでしょう(マタイ25:14~30参照)。だから、一緒にいてくださるイエスさまを使って、今日、お互いに愛し合うように。そのことをご一緒に行わせていただきたいと思います。

稲川 圭三

稲川 圭三

稲川圭三(いながわ・けいぞう) 1959年、東京都江東区生まれ。千葉県習志野市で9年間、公立小学校の教員をする。97年、カトリック司祭に叙階。西千葉教会助任、青梅・あきる野教会主任兼任、八王子教会主任を経て、現在、麻布教会主任司祭。著書に『神さまからの贈りもの』『神様のみこころ』『365日全部が神さまの日』『イエスさまといつもいっしょ』『神父さまおしえて』(サンパウロ)『神さまが共にいてくださる神秘』『神さまのまなざしを生きる』『ただひとつの中心は神さま』(雑賀編集工房)。

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