ドラマ「半沢直樹」の最終回、瞬間最高視聴率35・8% 聖書の「倍返し」はもっとすごかった

「やられたらやり返す、倍返しだ!!」の決めぜりふが一世を風靡(ふうび)したTBS日曜劇場「半沢直樹」の7年ぶりの続編が27日、最終回を迎えた。ビデオリサーチは28日、番組平均世帯視聴率が関東地区で32・7%、関西地区が34・7%だったと発表した。瞬間最高は、半沢直樹(堺雅人)と大和田(香川照之)が最後の対決をする場面で、世帯視聴率が35・8%、個人視聴率が23・4%だった。

日曜劇場『半沢直樹』9/27(日)最終回【TBS】

 

2013年夏に全10話が放送され、最終回では42・2%の視聴率を弾き出した大ヒット・ドラマ(平成の民放テレビドラマ史上第1位)。上司や組織などの不条理な圧力に対して果敢に戦いを挑んでいく銀行マンを堺雅人が演じる。同じような理不尽を日々感じながら働いている男性たち(当初、製作者がターゲットとしていた)がカタルシスを得るだけではなく、女性から子どもまで幅広い視聴層からの支持を得て、社会現象にもなった。

原作は直木賞作家の池井戸潤(いけいど・じゅん)による半沢直樹シリーズ。2013年版は『オレたちバブル入行組』と『オレたち花のバブル組』、2020年版は『ロスジェネの逆襲』と『銀翼のイカロス』をベースとしている。

ところで、半沢が勤める東京中央銀行頭取役の北大路欣也(77)、取締役を演じる香川照之(54)、証券営業部部長役の市川猿之助(44)、半沢が出向させられた東京セントラル証券の部下をやった賀来賢人(31)はみな、暁星学園(東京都千代田区)の出身だ(北大路は校内にある教会で結婚式を挙げたが、その時、聖歌隊に自分がいたことを香川がバラエティー番組「ぴったんこカン・カン」で語った)。

暁星は、130年以上という日本でいちばん古い歴史を持つカトリックの男子校。北大路はプロテスタントの同志社香里中学校から暁星中学校に編入し、暁星高校を卒業後、早稲田大学に。残る香川や市川、賀来は、小学校から高校まで暁星学園で学び、その後、香川は東京大学、市川は慶應義塾大学、賀来はプロテスタントの青山学院大学に進んだ。

暁星学園は1888年、カトリック築地教会の敷地内に神学校として開設された家塾が母体。週に1時間、「道徳」の代わりに宗教の授業があり、神父らによって聖書やキリスト教についての授業が行われる。

ドラマでは毎回、憎たらしい敵(かたき)役に対して、倍にしてやり返す痛快さが描かれているが、聖書では、次のイエスの言葉がよく知られているように、復讐は禁じられている。

「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と言われている。しかし、私は言っておく。悪人に手向かってはならない。誰かがあなたの右の頰を打つなら、左の頰をも向けなさい」(マタイ5:39)

香川照之(写真:Dick Thomas Johnson)

興味深いことだが、半沢から倍返しされる大和田常務役の香川は、番組ホームページのインタビューでこのように語っている。

やる側が半沢なだけで、正義側が成敗しているように見えますが、あくまでやってしまった悪いことが露呈しているだけなんです。ぼくはキリスト教の「右の頬を殴られたら左の頬を出せ」というほうが美しいと思いますし、どちらにも言えることは、「やったものは必ず返ってくる」、これをちゃんと認識して欲しいです。……「倍返し」じゃない、「倍返され」なんだということをメッセージとして受け取って欲しいです。

自分が悪いことをした報いが自分に返ってくるだけ、つまり「天に向かって唾(つば)を吐く」行為なんだと香川は言うのだが、聖書が復讐を禁じる理由はご存じだろうか。

自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐は私のすること、私が報復する』と主は言われる」(ローマ12:19)

「復讐は私のすること、私が報復する」と言い、また、「主はご自分の民を裁かれる」と言われた方を、私たちは知っています。(ヘブル10:30)

香川の言うように、「人に悪いことをしない」と自分を戒めるだけでは、結局、泣き寝入りということにもなりかねない。実際、現実にはドラマのようにスカッと行かないことが多いのだが、それゆえ「あとは神さまに任そう」と思うことができれば、精神衛生上もいいだろう。

ルター訳聖書、黙示録18章の挿し絵

では、神の復讐とはどのようなものなのだろうか。「私はまず、彼らの過ちと罪を倍にして返す」(エレミヤ16:18)という旧約の言葉もあるが、新約の時代、キリスト教を迫害していたローマ帝国に、神がさばきを「倍返し」するよう御使いたちに命じる言葉もある。

彼女(ローマ帝国)の罪は積み重なって天まで届き、神はその不義を覚えておられる。彼女がしたとおりに、彼女に報復せよ、その行いに応じ、倍にして返せ。彼女が注いだ杯(さかずき)に、その倍を注いでやれ。(黙示録18:5~6節)

一方、私たちは、人から屈辱的な被害にあうばかりではない。かえって人に嫌な思いをさせ、苦しみを与え、神に逆らうようなことをしてきたのではないだろうか。その罪ゆえの苦しみに私たちの人生は支配されていると言っても過言ではない。しかし、神は言われる。

「慰めよ、慰めよ、私の民を……その苦役の時は満ち、その過ちは償われた。そのすべての罪に倍するものを主の手から受けた」(イザヤ40:1~2)

これはヘンデル「メサイア」の冒頭で歌われることでも有名な聖書のメッセージだが、これこそ聖書が語る恵みと祝福の「倍返し」、福音なのだ。

雑賀 信行

雑賀 信行

カトリック八王子教会(東京都八王子市)会員。日本同盟基督教団・西大寺キリスト教会(岡山市)で受洗。1965年、兵庫県生まれ。関西学院大学社会学部卒業。90年代、いのちのことば社で「いのちのことば」「百万人の福音」の編集責任者を務め、新教出版社を経て、雜賀編集工房として独立。

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