7月26日「古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」

キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。 (コリントの信徒への手紙二 5章17節)

 天地を創造された時、神はこの宇宙に人間が住みやすい世界を準備し、最後に愛を込めて人間を創造したのである神はなる人格である。神は人間を「神のかたち」に創造したすなわち、人間が他者と交わり、愛の絆で結ばれるようにと創造したのである神に愛され生かされているのに、神を崇めず、感謝もしないところに人間の罪がある。神は私たちが神と正しい関係を持つようにと、いろいろな方法で働きかけられる。神は私たちとの交わりを求められる方である。神はご自分のほうから人間との交わりを求めて、キリストによって和解の道を開かれた。すなわち、謙(へりくだ)って人となられた神の御子キリストが、私たちの罪の責任を引き受けることによって、神は私たちに罪の責任を問わないで、和解の子を差し伸べられた

 今日の聖句のように、私たちは神の和解の葉を受け入れて、キリストと結ばれ、新しく創造されて、「神のかたち」を回復する。神の和解の光を浴びて、神を父と呼ぶそして、神に愛されていることを感謝して、神の愛に応えて生きるようになる。 

 キリストに結ばれて新しく創造されたキリスト者は、神を礼拝する者たちである。礼拝は神との交わりである。私たちは聖書を通して、また説教を通してイエス・キリストの葉を聞く。主イエスはどんな生涯を送ったのかと、「肉に従って」(16節)知ろうとするのではない。生きておられる霊のキリストの葉を聞き、キリストに心を向けて祈る私たちの信仰にとって大切なのは、現在のキリストであって、過去のキリストではない。

内藤淳一郎

内藤淳一郎

西南学院大学神学部卒業後、日本バプテスト連盟の教会で牧会、鹿児島大学哲学科のカトリックの神学の学びから、鹿児島ラ・サール高校でも教える。日本バプテスト連盟宣教室主事、日本バプテスト連盟常務理事を8年間務める。

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