「アメリカ福音派の良心」ロナルド・J・サイダーのベストセラー『聖書の経済学』が新訳で

「お金をかけた、心をそそる広告が、ひっきりなしに私たちに攻撃をしかけてくる。その目的は、情報の伝達ではなく欲望をかき立てることだ。『ベター・ホームズ・ガーデンズ』誌の豪華な住宅の写真を見ると、いま問題なく住んでいる自宅が老朽化したあばら屋のように感じられ、リノベーションでもしようかという気にさせられる。最新のファッション広告を見ると、去年買ったドレスやスーツが古くさく感じられる」

裕福な国に住む者たちが、広告によって自らの暮らしを「最低水準のつつましい暮らし」だと本気で思い込まされ、飽くなき欲望に駆り立てられている。先進諸国では教育より広告に使われるお金のほうが多い。クリスチャンは当然、富が愛や喜びを保証するものでないことを知っているが、偶像崇拝へと向う人間の性質が、物やお金があればニーズを満たせるという広告のメッセージに説得力を与えてしまっている。

その結果、個人レベルでは苦悩と不満が生じ、社会レベルでは環境破壊や貧富の格差が生じる。裕福になっても私たちの心は安らぎを得られず、さらなる欲望に目がくらんで、十数億もの飢えた隣人に食糧と支援を与える気持ちさえも失ってしまっている。

このような耳の痛い指摘を投げかけたロナルド・J・サイダー=写真下=の著書が新たな訳で出版された。本書のオリジナルはアメリカのキリスト教有力メディア「クリスチャニティ・トゥデイ」誌によって「20世紀で最も影響力のあったキリスト教書100選」(後半の50年ではベスト10)、「社会正義を説くキリスト教書ベスト5」に選ばれている。

初版発行から40年以上も読み継がれているベストセラーだが、日本では第2版が翻訳されて久しく、激動を変遷する時代のなかでサイダーは事実と認識に修正を加えて改訂を重ねてきた。その最新版の全訳が本書である。

ロナルド・サイダーは、福音派で信仰を育んだ神学校教授。アメリカで「福音派」という呼称は、近年政治的な意味合いで原理主義的な白人クリスチャン(宗教右派)を指して使われることが多いが、本来は「聖書は誤りなき神の言葉である」という聖書観に堅く立ち、イエス・キリストを個人的な救い主として信じる新生体験、それに基づく福音伝道を強調する教団・教派のこと。解説の後藤敏夫氏はサイダーを「アメリカ福音派の良心」という。

Ron Sider, theologian and social activist, at Palmer Theological Seminary in King of Prussia, PA on Tuesday, January 28, 2014. Photography by Peter Tobia

サイダーの著作がセンセーションを起こしたのは、富む国が繫栄を謳歌する一方で、貧しい国で多くの人々が貧困に苦しむという構造的な経済格差とその倫理的問題を聖書の教えに立脚して指摘したから。物質主義と消費文明の価値観に染まっていたキリスト教界は衝撃を受け、社会意識を目覚めさせた。

「現実を知らない理想主義者」という批判にもさらされたが、サイダーは「現実を知らない」どころか、経済と社会の正確なデータに基づいて、しかも随時アップデートしながら聖書理解と結びつける。そして「分かちあうシンプルライフ」「教会から始める社会変革」「公正な世界をめざす政治行動」を提唱。いずれも身近な、すぐに始められることで、やってみようという気持ちを起こさせる。

「あらゆる観点から福音を宣べ伝えたとしても、いまの時代が抱える問題を避けて通るなら、まったく福音を語っていないに等しい」とルターは言った。貧しい国に対する同情心に影響を与えている要因を社会学者が調べたところ、キリスト教はもはや特別な影響を及ぼしていないことが判明したという。

歴史の転換点に立って、富と貧困の時代に求められている十字架を担うことはやさしくない。しかし飢えと不公正、抑圧を終わらせることが平和への道であり、神の意思であることは疑いがない。なしうる変革を自ら始めるとき、教会と社会に新しいセンセーションが巻き起こるだろう。

『聖書の経済学 格差と貧困の時代に求められる公正』
ロナルド・J・サイダー 後藤敏夫 解説御立英史
あおぞら書房
四六判 460頁
3,080円(本体2,800円+税)

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