『福音と社会』掲載の司祭による「書評」に批判殺到「無知、偏見、憎悪に満ちた差別記事」 編集部は「多様な意見を尊重」

カトリック社会問題研究所(狩野繁之代表幹事)が発行するカトリック雑誌『福音と社会』で、2022年8月発行の323号から12月発行の325号まで、3号にわたって掲載された『LGBTとキリスト教 20人のストーリー』(日本キリスト教団出版局)の「書評」が、トランスジェンダーをはじめとする性的マイノリティ当事者への無知や偏見に満ちた差別的内容であるとの批判が多数上がっている。

「『LGBTとキリスト教 20人のストーリー』を読んで」と題する書評を執筆したのは、カトリック司祭の谷口幸紀氏。「前(ママ)」「中」「下」の3回にわたって同書の内容にほんのわずかのみ触れつつ、「性別のトランジション(移行または転換)があったかのように語るジェンダー論は『大ウソ』」「〝自分ではない別の誰か〟になりたい人々の多くは、性的虐待を受けたり、精神的虐待や肉体的虐待を受けたり、罪を犯してしまったり……といった体験を持っていて、自分を嫌いになる何らかの原因が必ずそこにある」「『性別は自由に選べる』と教え込む、悪しき洗脳教育」(324号掲載「中」)、「神が人間の体に与えた性は、創造のはじめから男と女の二種類しかない」「アフリカのような性のモラルが未分化で衛生状態もよくない世界や、その対極にあって文明が爛熟し退廃した世界では、性にまつわる特有の疫病が知られている」「時流に遅れまいとする軽薄な人々の心につけ入り、ジェンダー論というイデオロギーのウイルスによる既存秩序の破壊が世界中で広がっている」(325号掲載「下」)などとする持論を展開した。

なお、323号掲載の「前」では「オカマ」「ホモ」といった差別的用語も多用されたが、324号で「オカマ」の語のみ削除するとの「訂正」が掲載された。

カトリック社会問題研究所は1962年、パリ外国宣教会のJ・ムルグ神父によって創立された研究機関で、規約によると「一般の人々が当面する社会問題に福音の光を当て、信仰者の立場から、キリスト教的人間観に基づいた、問題解決のための実践的指針を明らかにしていくこと」を目的としている。『福音と社会』は同研究所が隔月で発行する雑誌で、株式会社フリープレス(山内継祐社長)が編集を担う。これまで、バチカン内の不祥事やカトリック教会での性的虐待、それをめぐる隠蔽の問題なども積極的に扱ってきた。

2022年12月、「前」「中」の原稿が掲載された時点で、『LGBTとキリスト教』の編集を担当した市川真紀氏(日本キリスト教団出版局)は、『福音と社会』発行人である狩野繁之氏、山内継祐氏、同研究所協働司祭のO・シェガレ神父宛に「下」の掲載中止と謝罪を求める要望書を送っていた。

それによると同氏は、「(書籍への)批判は甘んじて受け入れるが、掲載されたのは非常に差別的な記事」と電話で抗議の意思を伝えたものの、山内氏は「(当該記事は)差別ではない」「(要請は)言論の封殺である」と反論したという。

同様に「下」の掲載中止を求める声は、カトリック青年労働者連盟(JOC)書記局からも発せられていた。狩野氏宛に送られた文書で同局は、「侮辱的な言葉」や「事実誤認にもとづいた差別的論説」に該当する箇所を列挙し、「性的マイノリティの人々が自分の意志で、好きなようにセクシャリティやジェンダーを変えられるよう求めていると、誤認している」のではないかと指摘した上で、「創立者の名誉」が傷つけられることのないよう、公的な謝罪を求めた。

また、谷口氏の母校である六甲学院の卒業生を名乗る東京教区のカトリック信徒3人が「後輩として、この論稿は看過できるものではない」として、編集部に送付した抗議文をインターネット上で公開した。抗議文は、性的マイノリティの問題に関する議論を「〝ジェンダー先進国に追従するのが進んだ自治体だ〟とする風潮に流されているだけ」(324号掲載「中」)とする谷口氏の主張に対し、「日本における社会運動の蓄積に関して無知であることを露呈する表現」「性的マイノリティの人々が受けてきた苦しみに、同じ社会を構成する当事者として多くの人々が応えた過程……をこのように表現することは、彼らの運動と努力、そして何より彼ら全体の苦しみそのものをなかったことにする、修正主義的な態度」と断じ、「異質に感じられた存在を排除しようとする本論稿の態度はイエスの聖心に適うものなのでしょうか」と問いかけた。

誌名が酷似する『福音と世界』(新教出版社)は1月号巻末の「編集部から」で、この件に触れ、「(『力からの離脱』という課題に対する)自らの限界を認めつつも、学に学び、人に学ぶことを生涯やめ」なかったキリスト教思想家シモーヌ・ヴェイユに倣い、「多くの批判の声に学んで自身の言論を省察してほしい」と切望した。

これらの声を受けてなお「下」の掲載が決行された325号では、「編集部から」との題で同誌編集部、「書評欄」担当・山内氏の連名による見解にも1ページ分が割かれている。それによると、編集部に寄せられた「多様な意見」については誌上で紹介する予定であること、「当該書に対する多様な評価」を共有し、「多様な角度・立場からの真摯な議論」を紹介できることは本望としながら、今回の書評を含む署名記事については「違法性がなく公序良俗に反しない限り、執筆者の表現を最大限尊重すること」が基本的な方針であり、「小誌にはLGBT自認者やその支援者を不当に差別したり中傷したりする意図は全くありません」と弁明。その上で、「本稿にかかる編集上の情報判断や事実認定に『編集部の認識不足による瑕疵』があったとすれば、その点について率直にお詫び」するとして、具体的な撤回・訂正などについての明言は避けた。

325号の発行を受けて、LGBT当事者からは怒りの声が沸き起こっている。あるカトリック信者の当事者は、「メディアの偏った情報を都合よく集めた、偏見に満ちたヘイト記事。『ノーマルではない』『闇の力』などの表現や、まるで性暴力加害者予備軍であるかのようなトランス女性の描かれ方は、読者に対しLGBT当事者への憎悪を植えつけ、偏見と恐怖をあおるために書いたとしか思えない」と不快感をあらわにした。

また、「(『LGBTとキリスト教』に登場する当事者は)みんな教会や社会で苦しい思いをしてもなお、イエスを信じることをやめなかった人々。その歩みを血のにじむような思いで、しかし勇気をもって書いた信仰の証し」であり、「さらっと表面をなぞるだけで終わっている」「あっさりした自己紹介的記述に終始して、問題の深部には踏み込んでいない」(323号掲載「前」)などとする評価は的外れと指摘した。

カトリック東京教区司祭で、東京カリタスの家理事の小宇佐敬二神父は全3回の書評について「これはカトリック教会の公的な考えではなく、あくまで執筆者のごく個人的な見解」と強調した上で、「数々の特殊な例を挙げ、あたかもそれがLGBT全体のことであるかのように誘導し、問題を矮小化している。差別構造の問題に対して、特に私たちキリスト者が問われていることは、少数者の人間としての尊厳と、一人ひとりが多様性をもった個性を生きているという事実を受け入れていくこと。筆者は司祭としての資質に欠けているとしか言いようがない。このような差別と偏見、憎悪と詭弁によってつづられた作文を連載した編集者、発行人の無知と偏見を憂い、その品位を疑う」と厳しく非難。改めて、記事を掲載した発行人らの責任を問い、謝罪を求めた。

2022年3月に発行された『LGBTとキリスト教』は、月刊誌『信徒の友』で2019年に連載されたものに8本の書き下ろしを加え書籍化されたもの。平良愛香氏(日本基督教団川和教会、農村伝道神学校校長)が監修を務め、LGBT当事者を含む20人が社会や教会における性的マイノリティの生きづらさや、神への信頼と希望をつづっている。カトリック東京大司教の菊地功氏も寄稿・推薦しているほか、カトリック16教区のうち東京、名古屋、大阪、新潟、札幌、広島、福岡の7教区が同書のチラシを全教会宛に送付している。

『LGBTとキリスト教 20人のストーリー』 執筆者 内田和利さんに聞く 教会で傷つきながら神への信頼つづる 2022年6月21日

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