11月17日 テサロニケの信徒への手紙二3章9節

援助を受ける権利がわたしたちになかったからではなく、あなたがたがわたしたちに倣うように、身をもって模範を示すためでした。
テサロニケの信徒への手紙二3章9節(参照箇所同書3:6〜15)

 

パウロたちは、マケドニアのテサロニケの教会では伝道をするのに自分たちの手で生活を支えねばなりませんでした(8節)。彼は、これについて、テサロニケの教会は貧しくて伝道者を支えることができないので、仕方なく働いているのだとは考えませんでした。援助を受ける権利はあるけれども、働いて食べるとは、どういうことかの模範となるためにそうしていると言うのです。たしかにテサロニケの教会は貧しい教会でしたが、パウロは教会が貧しいので生活は自分の手で苦労してなんとかしている、とは考えませんでした。実際の背景には、終末が近いと信じて、怠惰になった者がいたこともあり、信仰者が、しばしばこの世の生活をうとんじることがあるのを警告して、働くとはどういうことかの模範を示したのです。

わたしたちの教会の中にも、伝道者が働いて生活を立てているところが多数存在します。そのような教会では、伝道者はなんのために働いているのか、伝道者と生活の本質を問うための示唆をパウロは与えているでしょうし、信徒にとってもパウロの視点は、伝道者の生活も含め、自らの信仰と生活のあり方を考える糸口を提供するものとなっていないでしょうか。

 

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