9月2日 ミカ書7章8節

わたしの敵よ、わたしのことで喜ぶな。たとえ倒れても、わたしは起き上がる。たとえ闇の中に座っていても主こそわが光。
ミカ書7章8節(参考箇所同書7章8〜20節)

神は、罪の現実をそのままにして置かれる方ではありません。「悲しいかな」(1節)と神は嘆きつつ、人々の罪の現実をあますことなく暴かれるのです。それによって人は自らの現実をいやというほど見せつけられます。「皆、ひそかに人の命をねらい、互いに網で捕らえようとする。彼らの手は悪事にたけ、役人も裁判官も報酬を目当てとし、名士も私欲をもって語る。しかも彼らはそれを包み隠す。彼らの中の最善の者も茨のようであり、正しい者も茨の垣に劣る。」(2節以下)とは、わたしたちの世界にも十分当てはまる罪の現実です。

その中にあって、「わたしは主を仰ぎ、わが救いの神を待つ」(7節)のです。敵はこのような現実の状態を見て、してやったりとほくそ笑んでいるかもしれないのです。しかしミカは言います。「わたしの敵よ、わたしのことで喜ぶな」と。

信仰にある者は、したたかであります。救われそうにもないところに生きており、このまま滅んでしまいそうに見えるかもしれません。にもかかわらず「たとえ倒れても、わたしは起き上がる。たとえ闇の中に座っていても主こそわが光」と信仰にある己を告白することができるのです。

賀来 周一

賀来 周一

1931年、福岡県生まれ。鹿児島大学、立教大学大学院、日本ルーテル神学校、米国トリニティー・ルーテル神学校卒業。日本福音ルーテル教会牧師として、京都賀茂川、東京、札幌、武蔵野教会を牧会。その後、ルーテル学院大学教授を経て、現在、キリスト教カウンセリングセンター理事長。

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